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朝日新聞叩きと「朝潮・阪神・社会党」

朝日が激しく叩かれている。
ただし他のマスコミが過剰に叩くのは、「自分のところはああいうのと違うと政界や世論に向けて示したい」という自己防衛本能もあるのだろうが、それはカトリックに改宗したての元ムスリムやユダヤ教徒が魔女狩りの先頭に立ったような話にならないだろうか。それはマスコミとしての自殺行為だと、わかっているだろうか。

私小さいときから実家で朝日を読んで育ったから、朝日のリベラルな論調と記事のレベルの高さ、豊富さは理解している。今こういう時代の風潮の中で、朝日が大きく後退するようなことが起こったら、報道界も現在の国会と同じ悲惨な状況に陥りかねない。

ただし私は、下宿学生の時代も社会人になってからも、自分で朝日を講読したことがない。最初に毎日を講読したのは単に、朝日と違う新聞も読んでみたかっただけである(その際、せっかく関西に来たのだから、関西に強固な地盤をもっていた毎日を読んでみたかった→それにしても、今日にいたるまで大阪の毎日の大阪中心主義は実に楽しい)。

しかし大人になって国内外のいろいろな情報に接するようになると、朝日の有り難みは感じなくなった。ベトナムやカンボジアに関する報道、国内の人権問題や政治情勢の報道、ひどいのがたくさんあった。パリーグで偉大な記録が生まれても小さくしか報道しないが、巨人や阪神のことはどんなつまらないニュースでも大々的に報道する、というスポーツ記事と同じことが、政治面や国際面でもあるのを知ってしまった(他紙が朝日よりましだったわけではないが)。

高度成長期の「巨人大鵬卵焼き」に対して、1970~80年代の関西には、「朝潮・阪神・社会党」という言葉があった。
多数派にくみするのが嫌な人に期待を抱かせるのだが、肝腎なところはだらしないから、天下は取れない(取る気もない)という意味である。
朝日新聞もそれだと、私には感じられたのである。要するに、朝日の情報では「本当に日本と世界を変える」には質量とも足りないのである。同時に、朝日やそれを支持する知識人の権威主義が、タイガースファンの体質と同様にイヤになった。

学生時代、クラス討論などで知識人のあり方について生かじりの新理論を振りかざすヤツが、朝日の記事を単純に信じ込んでいることがけっこうあり、「それが新しい知識人か」と白けた。
今でも朝日に記事が載った載らないで大騒ぎをする人があちこちにいる。
そういうひとはしばしば、編集の仕組みや記事の構造がちがう朝日以外の新聞の「読み方」がわからない。

しかし、朝日はテレビにたとえれば、しょせんは地上波である。今の時代、報道にせよ娯楽にせよ、地上波だけで十分ということがあるだろうか。少しは深めようとすれば、インターネットは別としても、BSやCSが不可欠だろう。たとえば私の留学当時、そもそも「素人報道」でないプロレベルのベトナム記事は、その政治路線に賛成しようがしまいが、ほぼ赤旗にしか載らなかった。世界と社会の多様化に従って、そういう「特定領域の専門紙でしか扱われない」事柄が今ではますます増えている。とすれば、BS/CSレベルの情報をまめに集めている人間にとって、地上波に当たる商業全国紙は、必ずしも情報量が一番豊富な朝日を選ぶ必要がないということにならないだろうか。むしろ私にとっては、「大きな問題をコンパクトにまとめてくれる」毎日の方が、時間の節約になって有り難い。

今、朝日の報道が萎縮したら、「弱小の」毎日や東京新聞が頑張れるとは思えない。しかしリベラル知識人が「朝日至上主義」から抜け出さないと、朝日は守れないだろう。



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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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