デング熱(その3)~現代日本の「再東南アジア化」

古代・中世の日本社会(とくに西南日本のそれ)には、東南アジアとの共通点がいろいろあった。「照葉樹林文化論」など生態学系の議論でかつて注目された自然環境と基層文化・生業、それに社会学者・人類学者が論じてきた権力や家族・ジェンダーの柔構造などは、その代表的な例である。

それは「古代からずっと続いた」要素だけではない。中世アジア海域の交流の拡大により、日本列島のあちこちにインディカ米が導入された。魚醤は古代からあったが、中世以降にはコショウやトウガラシなどの香辛料もどんどん入ってくる。

江戸時代の鎖国後(とくにあらゆる面で日本の独自色が強まる17世紀末以降)に、日本社会は「脱東南アジア」を実現したのだと、私は理解している。川勝平太氏の脱亜論とは別の話である。幕藩制やイエ制度・ムラ共同体などの「硬い」構造が社会を覆った。ジャポニカ米と醤油の生産技術が発展する一方で、コショウやトウガラシは食文化には根付かず、「素材を活かした薄味の料理とジャポニカ米の銀シャリ」が「あるべき日本の味覚」になってゆく(「貧民の食べ物」としてのインディカ米は20世紀まで残るが)。

20世紀末以来、日本の対外経済進出や世界的なグローバル化のなかで、日本社会が「再東南アジア化」しつつある。権力構造や会社・ムラなどの共同体の流動化、家族やジェンダーのありかたの多様化、これらは與那覇潤氏の言う「中国化」でもあるが、氏もいうように日本はいくらやっても「本当の中国」にはなれない。実際に起こるのが、私のいう「再東南アジアか」だろう。その中で育った日本の若者には、「伝統的な日本食」などよりも「激辛」の料理やスナックを好み、インディカ米も平気で食べる者が少なくない。

ここまではあちこちでしゃべってきたのだが、デング熱の国内発生という事態は、地球環境の面での日本の「再東南アジア化」を表しているわけだ。(「中世温暖期」の西日本をはじめ、過去に何度か、日本列島がものすごく暑かった時期があるはずなので、これも「初の東南アジア化」ではない)

どうです、これでもあなたは、欧米や中国・韓国と違って東南アジアなどをみんなが学ぶ必要はないとか、学ぶにしても現代の政治・経済・社会だけでいい、歴史や文化はいらないと、言い張りますか?
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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