東南アジア史の位置(一部加筆)

「回顧と展望」の東南アジア史の項には、いくつかの特徴がある。

第一に、取り上げる著作の量が昔よりずっと増えている(今回は7ページ弱)にも関わらず、時代によって担当者を分けず、あくまで1人で全部書く方針を貫いていること。台湾を除く中国史が「殷・周・春秋」から「現代」まで8つの時代をそれぞれ1人で書く仕組みをとっており、1人あたりは6~7ページなので、それに匹敵する長さだが、ほかのアジア各地域の1人あたりの担当枚数よりは長い。
日本史は政治・経済など分野ごとに細切れに担当者を分けており、1人で6~7ページ書いているのはこれ以外では、近代のイギリス、フランスや、近代と現代の「ドイツ・スイス・ネーデルランド」などごく一部である。

東南アジア史はほぼ若手研究者で「回顧と展望」を回しており、「前近代と近現代」などと分けてしまわずに、幅広く書かせるのは悪いことではない。
しかしその場合、しかるべき「指導」がないと大変だろう。実際、毎年の内容には「問題」や「欠点」とは言わずとも、他の各地域の書き方とかみ合わないところがある。
端的に言ってそれは、「地域研究」黄金時代に「世界の歴史学の動きはこうだ。では東南アジア史研究はどうあるべきか」という論の立て方を拒否したことの後遺症が今でも残っているということだろう。

もともと東南アジア史やその背景にある「東南アジア地域研究」は、国境や地域を越えた、たとえば海域のつながりを重視してきたのだが、日本の学界ではある時期から「地域の個性」が絶対視され、「世界の中に位置づける」こと自体を「地域の主体性を無視するものだ」と見なすような短絡が支配的になってしまった。狭義の「グローバルヒストリー」に対する同様の非論理的な反発は、「日本史」や「中国史」、英米以外のヨーロッパ史など、日本の学界のどこにでも見られることだが、東南アジア史の場合、もっと広い意味での他地域との比較とか、他地域で生まれた概念・理論の使用なども、きわめておずおずとしかなされない

だからたとえば、日本対外関係史や東アジア世界史の研究者が、東南アジア史では朝貢・冊封などのシステムはどう受け止められているのだろうという関心をもっても、ほとんどそれに答える情報はない。そういう研究が少ないのも事実だが、あってもそういう風には紹介されない。日本の東アジア史の岸本美緒、それに東南アジア研究者たちが「崇拝」しているアンソニー・リードが唱えた「近世」にしても、時代区分の問題として東南アジア史の学界がどうとらえているのかは示されない。

こうした前近代史のテーマが軽視される一因は、毎年の「前近代史」(「王朝史」などという悲惨な言い方も最近までよく使われた)の項の素っ気ない扱いが示すように、執筆者の圧倒的多数が近現代史の専門家だということにある。そこでは地域の個性という免罪符の陰で、昔のアメリカの東南アジア地域研究(や社会学・人類学等々)に一般的だった「伝統vs近代」という非歴史的な時代観念が温存されているのではないかと勘ぐりたくなる。

外部で一般的なイシューを無視するという点では、後発・新興の分野としてはもともと重視すべきであるはずの「教育」にいまだにふれない点も看過できない。そこでいきなり私的な「怨恨」を持ち出して恐縮だが、拙著『わかる歴史・面白い歴史・役に立つ歴史-歴史学と歴史教育の再生を目ざして』(大阪大学出版会、2009年)の第二部は、高校・市民向けの東南アジア史教育について(教育学者以外が)最初に本格的に論じた著作と自負している。しかし翌年の東南アジア史の担当者にはまったく無視された。ちなみにその時期から、東南アジア学会でも歴史教育に関するシンポやパネルを何度も開いており、教育系の雑誌に日本の学校での東南アジア史の教育に関する論文も何点か出されているのだが、その後も「回顧と展望」での言及は見た覚えがない。

東南アジア(史)研究はまた、「日本だけの日本史」や「中国に行かれない時代の中国史」はもちろん、「日本国内専用の西洋史」などと比べても、現地語や英語による発信に早くから熱心だった。しかし現在、日本の研究者の成果の系統的な発信を論じなくてすむほど、日本の東南アジア史研究は、世界をリードしているだろうか。今年の東南アジアの項にも、国内での英語による出版物はいくつか紹介されているが、他地域で見られるような海外での日本人の出版への言及はない(日本史の項で取り上げられている論集に載った東南アジア史の論文なども)。

ある時期に先進性を誇った集団が、気がついてみるとみんなに追い抜かれているという事態は、歴史上によく見られる。日本社会全体が、高度成長期と現在を比べればそうなっている。

日本社会にはよくも悪くも危機感があるが、東南アジア史学界には危機意識はあるのだろうか?









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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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