アメリカはどういう「友人」か

台湾から帰った後は忙しくて(「忙しい飲み会」も含めてだがw)、記事を書く暇が無かった。
その間に、集団的自衛権についての学生主催のトークセッションに出演するなどという機会もあった。

スピーカーは、安全保障の実務家、韓国や中国の横暴を批判する市民運動家、私(九条の会の活動家として呼ばれたらしい??)、基地問題や非政府組織の専門家の4人。はじめの2人が集団自衛権行使容認の賛成派、あとの2人が反対派という構図であった。
そこで私が主張したのは、
・日本が、反対派が心配するような「アメリカの手駒として戦争に巻き込まれる」事態を避け、国益と国際軍事協力を両立させるためには、国際情報を自前で収集・分析できる外交・諜報機関の能力が必要不可欠である。しかし第二次大戦後、そういう能力はアメリカによって奪われたままで、今の日本にはまったく存在しない。しかも、優秀な若者が外交や国際関係の専門家になろうとしない、とくにアジア・アフリカは敬遠して欧米にばかり群がるという現状では、話にならない。アメリカが全部情報をくれるなどというのは考えが甘いし、そもそもアメリカの情報収集は全能でない。こんな現状で集団的自衛権行使を容認すれば、「敵」に攻撃の口実を与えるだけだし、結果は(情報収集ができないのだから)首相がいう「ある日突然戦争が起こる」という非現実的な想定が現実になってしまう。

・危険な国・勢力があるからといって、行政権力と官僚の判断でなんでもしてよいというのは、近代法治国家でなく儒教国家の考え方である。何でもこの方向に進む最近の日本の政府や政治の動きは、明治以来の近代国家建設の努力を無にして、より非近代的な国家や人々に合わせて自分のレベルを下げることにほかならない。

・こういう理由で、中国・北朝鮮その他の危険性を認めることは、集団自衛権行使容認には結びつかない。そんなことより、外交関係や安全保障の多角化に努力すべきだ(日本にまともにアジア・アフリカの研究・情報収集をしろというのと同様、すべて明治以来の国のあり方を180度転換するとても大変な要求なのだが)。

の2点で、ブログやFBには何度となく書いたし、授業でも再三延べてきた話だが(與那覇潤さんほかと同じ話も多いし)、参加した学生や教員の皆さんの大半には「はじめて聞く」話で、「フツーの左翼の反対論を予想してきた学生」にはそれなりに刺激になったようだ。そもそも「左翼=中国の味方」という今の学生の「常識」は、左翼の歴史を知らないから生まれる大誤解である。やっぱり「左翼の歴史」「マルクス主義の歴史」をもっと授業で教えねばダメか?

質疑の中で疑問に思ったのは、東京裁判や日本国憲法をアメリカの陰謀・押しつけと批判する人たちが、集団的自衛権については、アメリカを「友人」として、「こちらがきちんと(無私の??)協力すれば向こうも必ず助けてくれる」関係だと主張すること。そこをツッコむ時間がなかったが、私が一番わからない点である。

ただし、そういう人たちが、中国や韓国・北朝鮮を「わけのわからないヤツ」と思って不信感を募らせている--私が上で述べたような日本全体の「アジアを理解できない/理解してはいけない明治以来の日本の仕組み」の結果として--の事実だから、前にも書いたように「中国を得体の知れない他人から(相当クセがあるにせよ)理解すべき隣人に変える」ことに努力しなければならないという感を強くした。

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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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