大航海時代のアジアにヨーロッパ人が香辛料を持ち込んだ?

先週から、金曜日の南シナ海紛争に関する講演会、土日の東南アジア学会など、書くべきことがたくさんあったのだが、仕事が立て込んでいるのと蒸し暑くてへばり気味なのとで、なにも書けなかった。俳優の林隆三氏が亡くなったなんていうのも、高校時代にNHKの「天下御免」を見た世代としては感慨がある、

ところで、先週の「市民のための世界史」は大航海時代の話で、小テストは毎年やっている以下の問題を課した、

大航海時代のアジアにヨーロッパ人がもたらしたものを、商品ないし産物、技術、信仰などから4つあげて、それぞれの影響を簡単に説明せよ。

メキシコ銀、トウモロコシやトウガラシ、タバコなどの作物、梅毒などの病気、銃砲などの技術、それにキリスト教といった定番をきちんと書いた答案が多かったが、156人も出席していると、珍答案を書くヤツも出てくる。

例年いるのが「香辛料を持ち込んでアジアの食生活を変えた」と書くヤツ。コショウはインド原産というのは、初期の共通一次試験に出て話題になったはずだ。クローブやナツメグはモルッカ(マルク諸島)の特産、というのは受験の定番。というところまでは、「自分は高校で世界史をやりませんでした」という言い訳が効くが、もともとヨーロッパにないスパイスが薬用・食用などで重宝されたという講義を、この小テストと同じ時間に皆さんは聞いてるんだけどね。

「天然痘を持ち込んで人口を激減させた」というのも散見したが、アジアとアメリカ大陸が別の場所だって、知ってるよね。

かなり多かったのが、「木版印刷技術を伝えて、中国や日本で大衆的な出版文化が発展した」という答案。日本のキリシタン版の知識などがあるのかもしれないが、たぶん近世ヨーロッパで習う「活版印刷」と、中国史で習う「木版印刷」という単語の区別がついてないのだろう(教科書の明代のページだけ見るとこういう思い違いをするかもしれないが、『市民のための世界史』教科書でも通常の高校世界史Bと同様、宋代のところに出てくる)。

キリスト教と宣教師については、教科書の次の章のコラムをわざわざ読ませて、宣教師がもたらした通商の利益や技術には飛びついたが、教義が理解されることは少なかった(ただし知識人の一部と、既存の宗教から排除されている底辺層に広まった場合あり、という話はした)という説明をしておいたので、大量の改宗者が出て儒教や仏教を動揺させたといった答えを書く者は少なかったが、朱子学を批判し個人の心情・行動を重視する陽明学の成立に影響したという答案がひとかたまりあったのは、どこかでそう教えているのかな? 王陽明の生没年と、いつごろ「心即理」などの説を唱えたかを調べてみよう。
 
ちなみに南アジア・西アジアはもともとキリスト教徒が散在しており、「イエズス会に対抗してキリスト教を禁止する」とかいう話にはならない。これに対して東アジアでは、「神の前の平等」という教えが既存の階層秩序をゆるがすことを恐れて禁教がおこなわれた、という説明を鵜呑みにしている教員・学生が今でもいるようだ。だったらなぜ、フランス革命の際に「第二身分」は打倒されなければならず、フランス共和政はカトリックと国家の分離を徹底的に進めねばならなかったのだろう。
東アジアでキリスト教が禁止されたより大きな原因は、典礼問題で習えば習う「祖先崇拝」であろう。儒教の本質は祖先崇拝だとは加地伸行先生の説だが、キリスト教など一神教では祖先が神様になるなどありえない。こちらの方がよほど本質的な対立だったろう。

その他、農耕技術、銀の製錬技術(日本)、木綿の使用や喫茶の風習(中国)などもヨーロッパ人が持ち込んだそうだ。
ここにはたぶん、2つの問題点がある。
(1)ヨーロッパは(とくに科学技術面では)常に進んでいる、物質的にも常に豊かだった、という抜きがたい思い込み←現代の国際関係を語るのに、アメリカを主語にしてしかものを言えない人がいるが、世界史の場合、ヨーロッパを主語にしてしかものが考えられなくなっているのだろう。
(2)「大航海時代のアジアにヨーロッパ人がもたらしたもの」という問題文は、素直に読めばアジア外部から持ち込んだものを指すのであって、「アジア内部である地域から別の地域へヨーロッパ人が運んだもの」は含まないというふうには考えられない国語力の低さ。「活版印刷」と「木版印刷」の違いを知らずに「難関大学」に入れるというのも、なかなかたいへんなことだ。

なお綿織物はもともとインドの特産だったが、元代に中国、戦国時代に日本でも、ワタの栽培と綿織物生産が盛んになった。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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