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学歴逆詐称?

天安門事件25周年は、たくさんの記事になっているので、私がふれるまでもないだろう。

それより声を大にして紹介しなければならないのは、毎日朝刊の山田昌弘中央大教授による「くらしの明日 私の社会保障論」。毎回読ませる記事なのだが、今回のタイトルは「学歴逆詐称? 大学院修了者に対する偏見」
http://mainichi.jp/journalism/listening/news/m20140604org00m040003000c.html

海外で働いている女性が日本に戻るために中途採用を募集する企業に応募したが、軒並み書類選考で落選、もしやと思い大学院博士課程修了という学歴を書かずに応募してみたら、海外経験を買われて面接に来てくれと何社からも連絡が来た。

大学院を出て働いていた別の女性は、いったん退職してから派遣会社に登録したが仕事が回ってこず、派遣会社のアドバイスとして学歴欄を大卒にして登録し直したら、すぐに派遣先が決まったという。

「研究職でなければとえり好みをしている」「専門にこだわるから就職先を狭めている」。ここでも、本ブログが何度となく問題にしてきた、一度定着した固定観念を天地が避けるまで変えようとしない人々が、新しい動きを邪魔している。山田氏も、大学院修了者をその種の偏見で見ているのは、採用する企業側であると、はっきり書いている。
いやそれ以前に(おなじことだが)、学歴で人の上下を判断する発想が骨の髄までしみついているから、大卒の自分より上の大学院修了者が会社に入ってくるのが耐えられないのかな?

法科大学院を出て司法試験に受からない人にも、企業は冷たいのだそうだ。ある企業の人事は「何かを目指して落ちた人はいらない。知識や経験がなくても潜在能力が高い人を採用したい」とのたまった由。要するに試験に合格する能力がすべてということか。

結びには以下のようにある。
幅広い教養、専門的知識は、どんな仕事に就いたとしても、あった方がよいと私は思う。しかし、多くの企業は、まだ、余分な教養や知識がない法が労働者として使いやすいと思っているようだ。しかし、このグローバル化の中、会社文化に染め上げた人災だけで企業はうまく行くのだろうか。日本経済はうまくいくのだろうか。

けだし正論であろう。

もちろんこういう古い企業ばかりではない。私のゼミ生を含め、阪大文学研究科で修士号を取った院生の半分は、一般企業(マスコミ・出版ばかりということは全然ない。メーカーにもどんどん就職している)に就職するか、公務員・中等教育の教員になっている。日本も変わりつつある。
この新しい状況を知らない企業や知らない親、知らない高校教員は時代遅れと馬鹿にされる、そういう世の中がじきに来るかもしれないのだ。
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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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