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「唐」ではなぜいけないか?

韓流ドラマに関する下のクイズの正解。FBではベトナムの友人からただちに正解が来た。

中国では基本的に自分の王朝を「大○」と呼ぶ。唐の自称は「大唐」でなければならない。
しかし次の王朝以降になると、すでに天命が去って滅亡した王朝は「大」を取って一文字で呼ばれる(字数のバランスなどで2文字にしたい場合は「有明」などを「有」をつけることがある)。

そこで王朝名を冠した書名などには、「大」が付くものと付かないものができる。
玄奘が唐代に書いた本は、『大唐西域記』でなければならない。しかし後の王朝によって編纂された唐王朝の正史は、2種類あるので新旧を冠するが、『旧唐書』『新唐書』と唐自体は一文字で呼ぶ。

正史は後の王朝が作るが、正史のもとになる皇帝ごとの行動・事件の記録「実録」や、官庁・部門ごとの組織・制度の記録「会要」「会典」は、もとの王朝自身によって編纂される(実録は皇帝の代ごとだが、会要・会典は数代分をまとめて編集するのが普通である)。そのため、後代からは『明実録』などの通称も用いられるにせよ、明清の実録や会典は、『大明実録』『大清会典』などと呼ぶ(総称する)のが普通である。実録を一代ずつ区別するには『大明○宗実録』と呼び、会典のバージョンを区別するには『正徳大明会典』など編纂時の年号を冠するのが普通である。

なお、『唐会要』『五代会要』は後から編纂したものだし、『宋会要輯稿』はもともと宋代に編まれたものだが、いったん散逸して清末に復元されたものだから、どれも「大」を付ける必要はない。
ちなみに、こういう公的な書物などで自分の王朝を呼ぶには、「国朝」「皇朝」「皇明」などの言い方を使うこともよくある。

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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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