二頭体制は国家を弱体化させるか?

木曜日の文学部共通概説で、10~14世紀の大越では、陳朝期の上皇制に限らず、父子、母子などが最高主権を共有する二頭体制がしばしば見られたこと、二頭体制はジャワのマジャパヒト王国で(王は1人だが)主要王族が管理する「東王宮」と「西王宮」があったこと、近世のシャムやカンボジアで正王とは別に「前の王宮の2王」がしばしば存在したことなど、東南アジアにしばしば見られる仕組みであることなどを述べた、ちなみに本題の陳朝では、上皇夫妻が管理する聖慈宮という宮殿が皇帝の宮殿とは別に王朝末期まで存続していたことが碑文史料から裏付けられるので、陳朝期の首都タンロンは権力中心の宮殿が2つある都城プランをもっていたと考えられる。
  *なお誤解を避けるために付言しておくと、これは「政治的実権をだれが握っているか」という実態論ではない。制度上   の君主権ないし権力中心が一元化しているかどうかという話である。また二頭体制といっても二者はたいてい平等で   はなく、会社の「両方とも代表権をもつ会長と社長」のような関係であることが多い。

この話について、新入生の一人から、二頭体制だと権力闘争が起こりやすいのではないか、国力を弱体化させる可能性がある体制をなぜ東南アジアの国家は採ったのか、という質問が出た。これは政治史を考えさせる、いい質問だろう。

たしかに2人のトップの間で権力闘争が起こることはある。本題として紹介した陳朝成立時には、父の太祖陳承(中国式には上皇と呼ばれる)、次男の太宗陳煚(けい)(同じく皇帝)のツートップ体制ができたと思われるが、父の承が死んで長男の柳と煚の兄弟によるツートップ体制に移行すると、両者の間に内乱が起こっている。マジャパヒトでも、東王宮と西王宮の武力闘争が起こっている。

ではしかし、トップを一人に限ったら権力闘争はなくなるだろうか。政権は安定化するだろうか。これが高校生・大学生に限らず、政治や権力についてナイーブな感覚しかもたない大人たちにも考えてほしい問題である。しかもその場合、リーダーの権力そのものの安定性と、次のリーダーへの継承の両方について考えねばならない。

ついでにいえば、ここでの話題は王朝時代の話だが、近代国家で一党独裁と二大政党制と、どちらが国家の安定にとって都合がよいかという問題と、実は共通点をもつ。一党独裁は本当に安定的だろうか。あるいは会社とかスポーツのチームでも同じである。絶対的なエースや4番が君臨するチームが、いつでも強いチームだろうか。

その国や会社・チームがうまく回っているときは、ワントップでいいのだろう。しかし何かの拍子に強力な王が急死したり、スポーツなら故障やトレードで大エースが抜けたらどうなるか。イチローが抜けたオリックスはちょっと古い例だが、田中将大が抜けた今年の楽天は予想通りガタガタになった。偉大な王者のあとにそれに匹敵する後継者はなかなか出ないし、後継者がそこで無理に背伸びをすると武田信玄のあとの勝頼のようなことになる。偉大な王様が晩年に衰えて(たとえば若い後妻やその息子を溺愛して、古くからの仲間や部下にそっぽを向かれるなどの原因で)、国や王朝がダメになるというパターンもしばしばある。豊臣秀吉を思い出してもいいし、毛沢東を思い出してもいいだろう。

いざというときに代わってリーダーになれるような人物がいれば大丈夫と思うかもしれないが、それほど有能な人物であれば、現在のリーダーを倒そうと考えない保証はない。たとえば君主独裁制を固めたので有名な北宋(実態はまだいろいろあったのだが)の2代太宗は、おそらく兄の初代太祖を殺して即位した。だから古今東西多くのリーダーが、自分の座を脅かすのではないかという猜疑心にとらわれて、兄弟やときには息子を含むナンバーツーを葬ってきた。しかしそれは結果として、本人が衰えたり死んだ後にまともな後継者がいないために組織がつぶれたり内紛がおこる結果に終わることも多かった。ワントップ体制は、それが絶対的であればあるほど、非常時にもろいものにならざるをえないのだ。

もちろん、ワントップ体制のもとで王位簒奪や王位継承をめぐる内乱が起こらないようにする工夫はいろいろ行われた。
皇太子や有力王族、大臣や子飼い集団などによる補佐、頼朝死後の北条政子や呂后、武則天、西太后のように王者の正妻や後家・跡継ぎの母などの女性が政権を支えるシステム(大越の李朝も皇太后が支えた)などは、そのわかりやすい例である。しかし、これらもひとたびバランスを失えば、そういう「補佐役」が実権を握り、トップを操り人形にしてしまうことは言うまでもない。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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