スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

全体を見ること、問いつづけること

神奈川から戻ってたっぷり雑用。あいかわらずミスや食い違いが多くて冷や汗。

昨日(4日)の夕方は鷲田総長の最終講義。大阪大学会館(旧イ号館)のホール(旧イ講堂を改装したもの)が満員で暑かった。話を私なりに要約すると、孤立した問いを立てるのでなく全体や文脈を見ること、完成した答えを出すのでなく問いつづけることなどが大事だと説かれたように思う。あとの懇親会で友人代表の内田樹さんが「この人となら革命をやろうと思う」と言われたのが印象的だった。

この懇親会を途中で抜け、石橋商店街の中華料理「長光」でおこなわれた高良倉吉先生を囲む飲み会に合流。高良先生は文学研究科の共生文明論コース(外大との統合により新設された修士課程のコースで歴史、地理、人類学などを扱う)の集中講義に来られたもので、昨夜の飲み会は山内晋次さんが呼びかけ、コース自体の飲み会とは別に設定した。日本史・東洋史の院生以外に、日文研の榎本渉さん、神戸女子大の園田直子さんほかの参加もあり、狭い長光の座敷がいっぱいだった。

今朝、札幌に飛ぶため早起きをして新聞を見ると、横浜市で育鵬社版の中学歴史教科書が採択されたという記事が出ている。横浜は高校でも日本史必修を決めている。「なんでもかんでも日本が悪い」という教育(そういうつもりでやっているのではなくても、学習者がそう思ってしまう点への配慮が足りないことは否定できない)が良いとは主はないが、こういう「西洋コンプレックスの裏返しの愛国心教育」では悪循環が強まるだけだ。「個人にも国家・民族にも上下がある」「強い者はなにをしてもかまわない」という幼稚な前提を疑うことを――すべての人間は平等だという「きれいごと」でないかたちで――教えないと、この人たちが抱えている度しがたいコンプレックスや欲求不満から生徒を守ることはできない。

新千歳空港駅

札幌に来たのは、北海道高校世界史研究会大会(一昨年は阪大歴教研が共催団体の扱いをしていただいた)で学術会議の地歴科教育改革提言に関して議論するためである。プログラムは阪大歴教研のHPにも載せてある。まず油井大三郎先生が学術会議での議論の経緯と提言の趣旨、アメリカでの世界史教育などについて話され、つぎに私が「暗記教育でない教育が出来る高校教員」「考えさせる教育を阻まない入試問題を出題でき、分野ごとのスタンダードを学会で作れる大学教員」を養成するために大学・学界でなにをしなければならないかを論じた。質疑が活発で、大阪組も例によってたくさんしゃべっていた。北海道の吉嶺先生(や私)が歴史基礎をこそ全国統一入試(センター入試)で課すべきだという意見なのに対し、油井先生は大学に行かない生徒も学ぶ必須科目は入試にないほうがよい、そうすると「未履修」を誘発する可能性については、現場で別の対処をすべきだというご意見だった。

P1040301.jpg
私の話の前半は、7月の阪大歴教研で話したのとほぼ同じ、大学に、2つの必修科目(世界史未履修者用の「市民のための世界史」を上級者の視点で再咀嚼させるための、世界史の骨格を聞かせる講義と、西洋の歴史思想を教えるだけでなく過去と現在の歴史学の変遷を、全体像と主要下部領域について解説し、歴史学の組織や活動など「業界」の特徴も教える新しい史学概論の2科目)を中心としたカリキュラムと人員配置が必要だという話である。こういうものを学ばずに(またもっと広い科学全体とか文系共通の考え方やパラダイムの概括的知識なしに)学者が自分の分野のスタンダードなど作ったら、「あれも教えろ、これも教えろ」となるに決まっていることは、いくら強調してもしたりない。

後半が今回初めて扱うのだが、「スタンダード作り」にはなにが必要かを話した。そこでは、孤立した「入試向けのスタンダード」はありえず、固有名詞のカタカナ表記法や図表などの検討、解説やQ&Aといった「教育現場」向けの取り組みと連動させねばいけないことを述べたうえで、東南アジア史、近代世界システムや中央ユーラシア史など私と阪大がかかわってきたそれらの「用語リストを含む活動」、それに「市民のための世界史」で作成中の用語リストなどを紹介した。もちろん授業や教科書にはいろいろな具体例やエピソードを盛り込んでよいのだが、問題は「それを全部覚えねばならない」という現在の仕組みである。入試で出すものは制限しなければならない。

私の報告の後に北海道の2人の先生の実践報告(特定単元の話でなく、考えさせる授業をどうやっているかという話)と、鳥越泰彦先生のコメントも面白かった。「論述問題ならなんでも考えさせる問題というわけではない。歴史的思考力はもっといろいろな方法で引き出すべきだ」というご意見はもっともだ。ただ、紹介されたドイツの歴史的思考力の例は、より広い社会科的ないし社会科学的思考力に属するものがあるように思われた。いずれにしても、周辺科目との協力やすり合わせなしに世界史ないし歴史だけで動いてもだめなことは、私の報告でも強調した。

参加者は60人あまりで、おととしの40回大会に100人近く参加したのと比べれば少ないが、通常の会としては盛会だったのだそうだ。

あとの懇親会でおいしいものを食べた話はまたあとで。
P1040304.jpg
関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセス・カウンター
あなたは
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。