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雇用柔軟化の本質

毎日17日付「浜矩子の危機の真相」は「柔軟な雇用 ガレー船、蛸部屋の復活か」と、「雇用柔軟化」の本質をずばり突いている。
「柔軟な雇用という言い方は、一体、誰のための柔軟性を指しているのか。成果主義にせよ、ゼロ時間契約にせよ、これらはいずれも、労使関係において、リスクを一方的に使用者側から労働者側に転嫁する突破口となりかねない。」
まったく正しい。

雇用契約の中に特定の労働時間が書き込まれない「ゼロ時間契約」がまかり通るとどんなことになるか。
-正社員はダメ。だけど、ゼロ時間方式なら雇ってあげるよ。そういわれれば、就職難民たちは、同意せざるを得ないだろう。かくして、ゼロ時間契約にサインした途端、彼らの時間は、彼らのものではなくなってしまう。
いつ、仕事の声がかかってくるか分からない。夜中かもしれない。明け方かもしれない。子どもが病気のときかもしれない。大事な人とのデートの日かもしれない。久々に、親に会う約束の日かもしれない。だが、仕事に飢えた人々は、雇い主の一声を断れない。物理的に居場所を制約されていなくても、ゼロ時間契約は、弱者たちから自由を奪う。

この人が、これだけ悲痛な調子で書くのを初めて見た。
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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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