神奈川の研究会(3)

研究会3日目。栄光学園の福本先生と私が組んで、フランスの進出と東南アジア世界の話。初日のロシア、2日目のイギリスのような大きな話はできないので、ベトナム・インドシナに絞る。

福本先生がベトナムの基礎知識、近世~近代史をきわめて要領よく整理して(しかも阮福映とタイソン朝の戦いのあたりは「ピニョーが助けて」だけでないストーリーを盛り込んで)話してくださったので、私はたいへんやりやすかった(わかりにくいベトナム史がわかったと、生徒・教員からも大好評)。

私の話は前半は「難関校受験のための整理」として、ヨーロッパの世界進出の図式的な段階分けと、東南アジアの近世~近代の概況のポイントを話した。植民地支配には軍事・行政などのコストがかかること(とくに19世紀末以降の植民地政府は「大きな政府」であること)、したがって欧米諸国は何でもかんでも征服・植民地化したわけでないこと、また植民地政庁の赤字をもって「植民地支配は搾取のためではなく現地を発展させてやるためだった」とは言えないこと(植民地政庁が赤字を出しつつ支配を維持しインフラを建設することにより〈支配者側の〉民間企業が儲かる)など、植民地支配の功罪をめぐる議論を不毛な感情的水掛け論にしないための基礎知識を、今年も強調した。

後半では、「大学に入ったら聞いてもらう話」として、阮氏vsタイソンの戦争の経過と意味およびピニョーの客観的な役割、阮朝前半の「小中華主義」の実態(嘉隆帝時代と明命帝時代の変化)、カンボジア・ラオスを含む仏領期の支配構造と社会経済変化などを紹介した。初日の杉山さんと同様、「西洋の進出と支配」そのものよりも、その前提となる近世以降のアジア側の状況、国家構造などを重んじた。

今回の講義では、生徒に興味をもたせるため、3つの「仕掛け」をした。第一は、「枕」でホー・チ・ミンが書いた独立宣言の冒頭部分を見せ、最後は独立宣言に至るホー・チ・ミンの半生を紹介した。第二に後半で、パリ外国宣教会の研究、19世紀前半の銀と銅銭の国際的な流れに関する研究など、あえて日本人その他の最新の研究を紹介した。第三に全体の締めくくりで、6月に札幌北高校で見せたのと同じ資料(A.在日外国人数の統計〈アジア系が4分の3〉を使い、「国際化」は日本人が海外に出ておこなうことだけでなく、アジア系を中心とした、来日外国人と交流する必要が増大していることを示す。B.秋田茂さんもいつも使うアンガス・マディスンの世界のGDP分布のグラフを見せ、2030年には中国・インドを中心とするアジアのGDPが世界の過半を占めるという1820年までの状況に間違いなく戻ることを教える)を見せて、「今までの教科書や入試がそうなっていたから」という理由で西洋中心など従来通りの勉強を続けるやりかたは成り立たなくなっていることをアジった。さいわい、生徒・教員ともおおむね好意的に評価してもらえたようだ。

午後の教員の質疑は例年通り議論百出で、予定していた「近世」「近代」など時代の区切りかたの議論は出来ずじまいだったが、「アジアの停滞-ウエスタンインパクト」という図式の相対化、清朝と清代の構図、植民地側は一方的な被害者でも抵抗主体でもなく「協力者」などの複雑な歴史があったこと等々、共有できたことがらが多かったように思われる。阪大や東大の若手(日本史を含む)の参加もあり、今回の会は大成功と言ってよいのではないか。神奈川の先生方、有り難うございました。

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終了後、大船の駅前で先生方といい調子で飲んで、ふと気がつくと最終の新幹線ぎりぎりの時刻。あわてて駆け出し品川でのぞみに乗車。12時半ごろ池田市の自宅に着く。

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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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