ディエンビエンフー60周年

第一次インドシナ戦争の最後にフランスが大敗し、インドシナからの撤退に追い込まれたディエンビエンフーの戦い(仏要塞の陥落)から7日で60周年。ベトナムでは政府式典やTVドラマの放映など、記念イベントがいろいろあったようだ。
ベトナム北部の村で聞き取り調査をする場合、解放戦争に参加した軍人・兵士やそれで亡くなった「烈士」の話題が出ることがよくあるが、解放戦士の中でも「ディエンビエン戦士」は別格の尊敬を集めている。

世界史の定番のひとつに、フランス革命で誕生した国民軍とラ・マルセイエーズの話があるが、他方でフランスは「外人部隊」の映画で有名な国でもある。第4共和政を崩壊させたディエンビエンフーの敗戦でも、要塞を守って降伏した多数のアフリカ人部隊がいた。「国民国家」が同時に「帝国」であるという、近代ヨーロッパ史の矛盾を象徴するできごとのように思われる。

旅行大好きでベトナムの大半の省に行った私だが、実はディエンビエンフーは行ったことがない。
現在展開中の科研「山から見たベトナム史」の調査でなんとか行きたいものだ。現代史だけでなく、そこはベトナムとラオスに両属したタイ系首長権力が存在した土地だった。黒タイ・ラオスなどの言葉では「ムオン(ムアン)・テーン」と呼ばれ、たしか最初の人類が天から下りてきたという説話があったはずだ。北部ベトナムとメコン川流域(や雲南)をつなぐ交通の要衝だったため、フランスはここに要塞を築いてベトミンの抗戦網を遮断しようとしたのである。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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