富岡製糸場が世界遺産

ユネスコの諮問機関であるイコモスの勧告で文句なく評価されたとか。
正式に決まれば、日本産業史や海域アジア史にとっても重要な決定であろう。

海域史の授業で毎度話してきたが、17世紀初頭(日本がありあまる銀でアジア物産を買いまくっていた時代)の輸入金額の8割が生糸に費やされたという説を読んだ覚えがある。
ところが江戸中期の技術革新と為替レートの変動を背景に、生糸の国産化が進む。明治以降はそれが近代技術に転化する。幕末から第二次大戦まで、日本の輸出金額の3~4割を生糸が占め続ける。
これは世界の「輸入代替工業化」の歴史上でも重要な例である。

近世後期以降、養蚕や生糸・絹織物産業は関東甲信越・東北地方の資本蓄積に大きな役割を役割を果たした。そのこと抜きに「現在は保守的な田舎にしか見えない」秩父や茨城、福島などで自由民権運動が激発した原因は理解できないと気づいたのは、大学教員になってからのことだ。

幕末以後、上州や信州・甲州の生糸は横浜港に運ばれアメリカなどに輸出された。
集散地である八王子と横浜港を結ぶ鉄道(今日の横浜線(が、生糸輸送を主目的として敷設された。
などは、「地域からつくる世界史・神奈川版」の定番アイテムである。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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