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ベトナム北部に日本の歴女集まれ!

いつも腹を立てたり他人の批判ばかりしている私だが、気に入らないことのひとつに日本人のベトナム旅行がみんなおんなじ定番のところしか行かないことがある。試みに京都の人に問う。ある国から毎年何十万人もの観光客が来るが、ほぼ全員が金閣・銀閣と清水寺しか行こうとしなかったら、京都人としてうれしいだろうか?

南部でもホーチミン市の戦争証跡博物館やトゥーズー病院など、「日本人専用」に近いところがあるが、
北部ではとくにワンパターンで、ハノイ市内(ホーチミン廟、文廟とタンロン遺跡、それにドンスアン市場と歴史博物館ぐらいか)とハロン湾かサパ、あとはせいぜい焼き物で知られたバッチャンぐらいで帰る観光客が、圧倒的に多いのではないか。日越友好組織や旅行会社の人にもっといろいろあるといっても、あまり関心を示してもらえたためしがない。
それ以外の場所は、あくまで「変わり者」が個人旅行で行くところらしい。

たとえば、北部のベトナム人は「ベトナム民族の数千年の歴史」を自慢する。日本の歴史好き、歴女が行って面白い場所は、ハノイから日帰りか1泊で行ける範囲だけでもたくさんある。ハノイとハロン湾以外はホテルが粗末だというのも、今や古い偏見にすぎない(というか、日航ホテルなどの水準のホテルでないと泊まれないような少数の日本人はベトナムに行ってほしくない。それより下だがエアコンと熱い湯の出るシャワーがありネットも国際電話も問題なく使えるというレベルのホテルなら大丈夫な人は、日本にもたくさんいる)。要は旅行者や旅行社が知恵を出すかどうかの問題だろう。

たとえばハノイ西郊には李朝期に創建されチャンパーの影響を受けた当時の彫刻などが残るタイ寺、近世の羅漢像などで有名なタイフオン(西芳)寺、東郊には九州国立博物館の大ベトナム展にも来た阿弥陀如来像のあったファッティック(仏蹟)寺、古代信仰の姿を伝えるザウ寺などの名刹がある。デン(廟)やディン(村の守り神を祀った神社)、フー(女神を祀った廟)などの宗教施設もいたるところで見られる。ちなみに、私の『チャンパ』(めこん刊)にも書いたが、チャンパの文化的影響の証拠はあちこちに残っている。
(タイ寺のチャンパ風の彫刻を仏像台座)
img293.jpg
(ファッティック寺の阿弥陀像)
img134PT.jpg
(ハノイの紅河をはさんだ対岸に残る紀元前後のコーロア城址にある、城の主と伝えられるアンズオン王を祀ったデン)
img137CL.jpg

歴代王朝に関心のある方は、バクニン省ディンバン村のリー朝の本拠地(大きな廟や歴代皇帝の陵墓が残っている)はハノイからすぐ近くだし、チャン朝の本拠地トゥクマク(ナムディン市)もハノイから2時間足らずで行けるところに、歴代皇帝や皇族を祀った廟、陳朝時代の寺(フォーミン<普明>寺)などが残っている。ニンビン省のホアルーまで行けば、タンロンの前の10世紀の都の跡が見られる。
(トゥクマクのフォーミン寺)
img136ND.jpg
(ホアルーに10世紀の皇帝ディン・ボ・リンが残した、陀羅尼を刻んだ経柱)
080902 043黎朝経柱

ハノイから半日かけてタインホア省に下れば、世界遺産に指定された14世紀末のホー氏の都である胡朝城、それに15世紀のレー朝の本拠地だったラムソンなどの世界的な遺跡がある。銅鼓で知られた紀元前後のドンソン文化は、タインホア省のドンソン遺跡が名前のおこりであり、タインホア省立博物館には多数の銅鼓やその他の青銅器が収蔵されている。
(胡朝城の内城の城壁とその内部)
DSC_2107b北門 DSC_2110南門方向
(城外で天を祀る施設「南郊壇」の遺跡)
DSC_2132三段目から二段目に上がるところ
(羅城(外城)の遺構)
DSC_2152ここから先は高いままの原状が残る
(ラムソンのレー朝歴代皇帝廟<再建>と、明軍を撃退して独立を回復、黎朝をたてたレー・ロイの事績を刻んだ藍山永陵碑--ハノイの歴史博物館に複製がある)。
DSC_2031.jpg DSC_2045永陵碑

最近はハノイ以外の地方の博物館も充実しており、バクニン省などは特に立派である。ナムディン省やハイズオン省、それにハロン湾のあるクアンニン省立博物館もなかなかのものである。バクニン省立博物館には、省内の村の寺から(戦時中に?)日本に持ち去られ東京の骨董屋で発見されたのを、日本人有志がカンパを集め買い戻した19世紀前半の釣り鐘や、最近発見されベトナム最古の碑文として国宝に指定された隋王朝の碑文(601年)などが所蔵されている。また故西村昌也氏が陶磁器の発掘をした村に私財を投じて建てたキムラン村(バッチャンの隣り)の陶磁器博物館は、小さいが見応えがある。
(西村氏が設立したキムラン村の陶磁器博物館とその展示。日本語の説明もちゃんとついている)
P1010037.jpg P1010024.jpg

問題は、普通のベトナム人の観光ガイドだと、こうした名所や遺跡での説明のレベルが低いことである(日本側の旅行社にも、そういうことがわかる感覚ないし素養の持ち主がいない)。いちばんいいのはハノイ在住の歴史好きの日本人、歴史や考古学専攻の日本人留学生、またはハノイ国家大の史学科の学生などに同行して説明してもらうことである。私がそういう役をつとめたこともあるが、友好組織や旅行社側でも、そういう企画を考えたら旅行の付加価値が大幅にアップすることまちがいない。

ハロン湾へ行くなら行くで、往復ともファーライ経由の新国道でなく、行きか帰りにハイフォン経由の古いほうの道で、陳朝がモンゴル軍を破ったバックダン河をフェリーで渡ってみることをお勧めしたい。
1ファーズンは18年ぶり
渡し場もそばのチャン・フンダオ将軍を祀ったデン(廟)。
13チャンフンダオのデン
「大ベトナム展」にも来た、有名な元の艦隊を動けなくした木の杭が川底から見つかった場所
34バクダン川の杭が見つかった場所

まだ観光化していないだろうが、ハロン湾からもっと先へ行くと、ハロン湾どころではなく、中国国境まで延々と続く島々がある。その一角に15世紀まで栄えた貿易港ヴァンドン(雲屯)の遺跡があり、大量の中国・ベトナムの陶磁器の出土などにより、アジア海域史で脚光を浴びている。干潟やマングローブの生態、珍しい生き物に関心のある方にもいいところだ。
img185雲 img186雲 img187雲 img188雲 img189雲

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僕は中部ばかりですが

いつかは北部の遺跡も巡ってみたいですねぇ

先日のダナンでの講演聞きに行けなくて残念です

Re: 僕は中部ばかりですが

私は仕事柄、北部に行くことが圧倒的に多いのですが、中部も大好きです。90年代にはチャンパ研究などでたびたび中部に行く機会があり、「ベトナム行くなら中部」とめこんの『チャンパ』にも書きました。中部も「フエ、ホイアン、ミーソン遺跡、おしまい」とか、南中部ならニャチャンだけというのでない、多様な旅行をみんながしてくれるといいと思います。
> いつかは北部の遺跡も巡ってみたいですねぇ
>
> 先日のダナンでの講演聞きに行けなくて残念です
プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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