上田交通・飯田線・松本電鉄

78年3月の帰省の際には、上田交通にも乗っている。
上田駅。国鉄の裏側にある。
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終点の別所温泉。有名な「丸窓電車」も見られた。
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車庫のある上田原。
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次は82年の元日、豊橋から飯田線に入り、中央東線経由で横浜に帰省した。飯田線がもともと4つの私鉄がつながってできた路線であることは周知の通り。
豊橋の旧湘南電車
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伊那市
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辰野。スカ線カラーの旧型電車もまだたくさん残っていた。
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もうひとつ、82年夏に家族と菅平で合流した際には、金沢発の急行「ひめかわ」で糸魚川経由松本に入り、登山客でにぎわう松本電鉄に乗っている。
松本駅。
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島々。周囲になにもない駅だった。
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終点の新島々。
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戻ってきた松本駅。この夜は宿がとれず、松本駅の待合室で登山客に混じって寝た。
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翌日、小海線に行ったのだが水害のため信濃川上~小海間はバス代行になっていた。長野電鉄経由で菅平へ行った後、
飯山~信越~北陸と回って福井経由で、京大東洋史の夏休み恒例「石徹白合宿」に参加したのだが、その途中で富山駅の待合室で寝ている。若かった。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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