富山の鉄道

富山ライトレール最中の記事をのせたついでに、1970~80年代の富山県内の鉄道の写真を紹介しておこう。

ライトレールになった富山港線を1986年6月に訪ねた際の写真。国鉄ローカル線の廃止と分割民営化論議が進む中で、それまで私鉄専門だった私が国鉄乗りつぶしをいっしょうけんめいしていた時期である。
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次は今や富山ライトレールとつながろうとしている地鉄(富山地方鉄道)の市内線。大学院入試に落ちて浪人が決まったあと、78年3月に日本海回りで横浜に帰省した際の写真である。夜行急行(「きたぐに」か?)で着いてまず富山大学前に行った。
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つぎは新富山付近。郊外線の射水線がここで分岐していた。
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新富山の射水線のホーム。市内線のある道路より一段低いところにあり、右手に連絡線があった。
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射水線の四方駅
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終点の新港東口。かつては放生津潟を渡って高岡方面(加越能鉄道線)に線路がつながっていたはずだが、富山新港の開鑿で渡し船による連絡にかわっていた。
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新港東口からは富山駅前直通電車が走っていた。富山駅前で。
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プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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