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宣光武氏の城跡

暮れの調査ではもう1件、トゥエンクアンで16世紀の莫氏との戦いなどで有名な土豪、宣光武氏の城「タイン・ニャーバウ」を尋ねた。トゥエンクアン市の東南方、ロー河が大きく屈曲しその先端では支流が流れ込むという要衝の地に築かれた山城である。Thành nhà Bầu のthànhは城、nhàは世界遺産に指定されたタインホアの胡朝城がThành nhà Hồであるように、王朝名の前につけることが多いが、bầuは故チャン・クオック・ヴオン先生の説では「大きい」の意味だそうだ。
16世紀以降のベトナムには、こういう軍事拠点の城郭遺構があちこちに残っており、2008~2010年度の中近世ベトナム権力拠点の研究や、2009~11年度の「莫氏科研」などでもそのいくつかを訪れた。

登り口の農家。とうもろこしの収穫は大体終わっている。米が出来る地域では、冬春作(チエム作)の苗代作りや荒起こしも見られた。
 DSC_7420.jpg

稜線上に登るとレンガや石、砲弾用に加工したまんまるの石などが散乱している。
DSC_7421.jpg DSC_7422稜線上の城塁跡 DSC_7423.jpg
DSC_7428.jpg DSC_7431.jpg DSC_7434.jpg

ベトナムではタケノコもたくさんとれる。ベトナム料理好きの皆さん、日本のベトナム料理屋ではあまり見ないし、ベトナムでも大衆食堂や市場に行かないとわかりませんが、どんな食べ方をするかご存じですか?
DSC_7436.jpg DSC_7440.jpg DSC_7441.jpg


川の屈曲のいちばんくびれた部分を守るための堀の跡。山城と谷地田といえば、日本中世史でもおなじみの景観だろう。
DSC_7443戻る途中の堀跡 DSC_7444.jpg DSC_7445.jpg

(おまけ)2010年暮れのカオバン調査で行った、17世紀莫氏の拠点跡の写真から
フックホア県のフックホア(復和)城址
DSC_2807.jpg

本城だった現ホアアン県のナールー(那侶)城址。11世紀には儂智高の反乱で有名な儂氏の拠点だったとされる。
DSC_2854南城壁を西に歩く DSC_2857儂氏・莫氏の宮殿跡に立つデン・ヴアレー

近くの「本府」城跡。ここに居館があったらしい。
DSC_2875西壁の張り出し?

省立博物館には丸い石の砲弾が袋に入れてたくさん保管されていた。16世紀にはハノイのタンロン城も大修築されており、やはり火器を中心とする軍事革命が築城術に影響した時代だったと思われる(そのあと19世紀初めに、フランス人が教えたヴォーバン式の築城が平地の各拠点でおこなわれる)。
P1020175石弾はたくさん袋に入ってる
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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