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岩波講座日本歴史中世1

ベトナム出張中に家に配達され郵便局に持ち帰られていたため受け取りが遅れたが、岩波講座日本歴史の中世1をようやく受け取ることができた。
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喜安朗氏といっしょというのはおそれおおいが、月報に記事を書かせてもらった。
いつもの日本史(中世史)への賛辞と批判である。「フツーの日本史研究者(とくに院生などの若手)」に通じるといいのだが。

喜安氏は安丸良夫、二宮宏之、石母田正などの例を引いて「歴史の全体性」を論じておられるのだが、現実の歴史学は縦割りで、なかなか全体性の議論が全体のものにならない。

喜安氏の論じた次元とは別の話かつ私事にわたって恐縮だが、最近私が残念に思うことのひとつは、やはり歴史学の縦割り構造にかかわる。すなわち、拙著『中世大越国家の成立と変容』(大阪大学出版会、2011年)の書評が、佐世俊久氏のブログ(http://blog.goo.ne.jp/leloi1428_april/arcv/?page=2&c=&st=0)を除き全然出ないことである。
これを書評欄で取り上げようとした学術誌があったとすると、歴史学界の通念としてベトナム前近代史家に依頼するだろうが、あいにく桜井由躬雄・西村昌也両氏亡き後、直接ベトナム中世史を扱える研究者は日本に一人もいない。近世史なら八尾隆生氏や嶋尾稔氏、蓮田隆志氏や上田新也氏など数名いるが、全員忙しいうえに私との関係が近すぎる(私の性格を考えて遠慮する?)。任期付きを含めて日本の大学教員でベトナム前近代史の専門家は考古学を含めて現在わずか7人という、層の薄さはいかんともしがたい(それでも東南アジア諸国の中では1位なのだが)。

拙著はベトナム史で通常思い浮かべられる中国史よりもむしろ、中世前期の日本史や高麗史との比較をいるいろ試みたが(出来具合に問題が多いのは、書く前からわかっていて、あえて問題提起のためにやった部分が多い)、残念ながらそちらの方面からの反応もないようである。ベトナムに科研費などで行ったことのある日本史や中国史、海域アジア史の研究者は今やたくさんいるのだが。
これが、分厚すぎる、誤植が多い(汗、)などを含めた拙著と私の欠点ゆえであれば仕方がない。が、ことは八尾隆生氏の『黎初ヴェトナムの政治と社会』(広島大学出版会、2009年)についても同様なのである。私とは対照的に京大東洋史らしい正統的な狭く深い研究によって、15世紀ベトナムの理解を一新し東アジア史に通じる多くの論点を提出した同書(漢文の心得があれば、拙著よりはるかに読みやすい)についても、いまだに簡単な紹介しか出ていない。

こうなると、日本史はじめ中国史や西洋史などのメジャー分野に対するいつもの悪口をいいたくなる。自分たちはこういう書物の相手はしないというなら、ベトナム屋同士で批評や論争ができるように、もっとベトナム史に大学教員のポストをよこせ。日本社会や世界の学界が要求する活動量との関係で、ベトナム専門家は(前近代史に限らないが)多くのメジャーな国・地域の専門家と比べあまりに足りないと断言して、的外れだとは私は思わない。

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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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