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北京の国際会議

木曜日からWHA(アメリカ中心の世界史学会)の大会に参加するため北京に行き、今夜(日曜夜)帰ってきた。
昨年2月の清華大学主催のシンポ以来、2度目の北京である。

この学会は毎年大会を開くが、3年に1回だけアメリカ以外で行うのだそうで、今回は首都師範大学が会場だった。昨年、首都師範大の先生が阪大に来られたのをきっかけに参加することとなり、ポスドクの向正樹君を中心に、宋元代東南アジアを「初期交易の時代Early Age of Commerce」と見なすGeoff Wadeの説と、それに対するリーバーマンの批判を枕にパネルを組んだものである(6月4日の海域アジア史研究会特別例会で予行演習をした)。以下の報告メンバーのほか、伊藤一馬、中村翼、吉川和希の院生3人も出席した。また、中田美絵さんも報告のために参加したし、藤田加代子さん(立命館APU)や南塚信悟先生にも会うことができた。

向君とジェフが問題提起・司会、報告は山内晋次(宋への日本産硫黄の輸出を中心とする「硫黄の道」)、四日市康博(元代の交易とムスリム商人の拡散)、それに第1回AAWHにも参加したベトナムのDo Truong Giang(ドー・チュオン・ザン。現シンガポール国立大院生。アジア貿易とチャンパー)の3本で、私は最後にコメントをした。ザン報告はチャンパーの例でジェフの議論を支持し、チャンパー碑文などを取り上げたザン報告と、ジェフの議論と同時期の日本列島の例を紹介して東北アジアも含む交易の発達を論じた山内報告が、ジェフの議論を支持・補強する方向だったのに対し、四日市報告の力点は、モンゴル時代の交易の停滞を主張するジェフの議論を批判する点にあった。聴衆はかなり多く、日本について新しい内容を明晰に話した梁内報告は、とくに受けていた。
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私のコメントは、宋元代に交易ネットワークが発達したという主張に賛同しつつ、資料の精査が不十分であり(たとえば宋会要輯稿の朝貢記事)、交易史そのものに未解明な点が多いこと(元代のマラッカ海峡の変動も)、各国家・地域社会の構造はそれだけでは理解できず、農業社会との相互作用に注目すべきであること(たとえば大越の紅河デルタ開発と14世紀の社会変動)の2点を指摘した。「ひとつだけの考え方で進む」ことが性格的にできない私は、「海域アジア史」という考え方が広まってうれしい一方で、「猫も杓子も交易」「なんでもかんでもネットワーク」という最近の風潮(?)には賛成できないのだ。
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われわれのパネルは初日(金曜日)の午前に組まれた最初のパネルのひとつで、その後はめいめい好きなパネルをのぞいたり街に見物に出た。日曜の午前までに、合計118のパネルが開かれたが、いちばん感心したのはそのうちに歴史教育(中学・高校・大学)を扱うパネルが16もあったこと、それ以外のパネルでもしばしば教育が話題に上ったことである。また、学会の性格上当たり前なのだが、自然史などを含んだBig Historyのパネルがいくつもあったし、東南アジア史など特定地域に関する発表でも、(英語圏の研究者は)その多くが「世界史」にどう位置づけるかを論じていた(たとえばアフリカ史の研究者が東南アジア史の報告について、そこを切り込んでくる)。東南アジア史を含む日本の歴史学会では考えにくいことである。ヨーロッパ史や中国史の専門家が東南アジア史を無視しないということも含め、学界のありかたが違うのだろう。他方、中国の学界についていえば、多くの研究者が素朴に(?)グローバルヒストリーを受け入れている様子がうかがえ--書店でも実に多くの本が並んでいる--これも興味深かった。グローバルヒストリーに対して、中身を知る前に拒否感を示す人が多い日本の学界とは、これまた対照的である(ちなみに、何度も書いているように、私は世界全体の関係性や構造を直接論じるという意味での狭義のグローバルヒストリーが万能だとは思わないが、「世界全体を見ること自体を拒否する」グローバルヒストリー批判にはくみしない)。

最終日(日曜)の最後のセッションは、近世世界の中の中国に関するパネルに行き、ビン・ウオンやポメランツの報告を聞いた。2人とも銀の動きなど関係性を当然の前提としながら、「近世性」のメルクマールとして中国の国家・社会自体の方向性や制度の特質を問題にしていた(ように私の英語力では聞こえた)。もっともなことだろう。ただ、「それだけではダメだ」という文脈だったと思うのだが、ポメランツがmaritime Asian networkという言葉を何度も使っていたことは、言葉の広がりという面ではうれしかった。

全体に収穫が多い学会だった。向君ほかに感謝。
北京の印象記は別に書きたい。
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ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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