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今年の成果と来年の抱負

皆さん今年もお世話になりました。

おかげさまで昨年は、初のピッツバーグ(世界史教育)とオックスフォード(グローバルヒストリー)訪問、シンガポールでのAAWH(アジア世界史学会)参加、そして暮れにリーバーマン教授を迎えた東南アジア発のグローバルヒストリーをめざすワークショップの阪大での開催と、国際交流がたくさんできました。8~9月にディエンビエンフーなどベトナム西北地方とラオスを訪れることができたのも忘れられない思い出です(ラオスは27年ぶり)。
国内でも、阪大の歴教研や学術会議での活動に加えて、7月末に発足した高大連携歴史教育研究会で副会長兼運営委員長の大役をおおせつかるなど、歴史教育関係の仕事がますます広がりました。11月には、昨年の史学会125周年リレーシンポの報告集を本にした『教育が開く新しい歴史学』(大阪大学歴史教育研究会・史学会共編)が山川出版社から出ました。そのほか)『歴史評論』769(2015年5月号)にも、「高大連携で取り組む歴史教育の総合的改善」(桃木至朗・大阪大学歴史教育研究会共著)を載せてもらいました。そうそう、歴史教育では8月に教員免許更新講習を初めてやりました。堺市の「日本と世界が出会うまち・堺」プロジェクトが3回目ではっきり軌道に乗ったことも、阪大歴教研の成果でしょう。

しかし、私にとって今年最大のできごとは還暦を迎えてしまったことでしょう。元・現学生たちが祝ってくれましたが、本人はあんまり嬉しくないんですよね。

来年もやることは山ほどあります。
まず3月に秋田茂氏を中心とするグローバルヒストリーのワークショップ(オックスフォードほか6大学の共同プロジェクト)が大阪で開かれ、私も報告しなければなりません。古代・中世を含むアジア中心のグローバルヒストリーを打ち出そうという会議です。このほかリーバーマン教授の記念論集の編纂に取りかかること、『海域アジア史研究入門』英訳出版のプロジェクトを再開することなど、英語でやる仕事もつぎつぎ待っています。
夏には高大連携歴史教育研究会の第二回大会など、歴史教育がらみの仕事に来年も取り組まねばなりません。学習指導要領の改訂、新型入試などの方針が今夏以降に文科省から示され、その具体化の検討が始まっているので、われわれも検討や提言の取り組みを強めねばなりません。新科目「歴史総合」の成功や「世界史の生き残り」などどこを取っても、われわれの活動の正念場です。
歴史教育では、新しい史学概論(歴史学の入門書)の作成を目ざす科研(4年計画)も3年目なので、『市民のための世界史』編纂を目ざした前の科研の終盤のドタバタを繰り返さないように、しっかり計画を進めねばなりません。

大学の授業ももちろん軽減されません。教科書発行初年度でその使い方に去年は手探りした「市民のための世界史」も、今年はだいぶん安定し、高度教養教育(学部高学年および大学院生向け)の「市民のための世界史」では毎回グループ討論をさせることもできました。来年度は都合で「市民のための世界史S」をお休みさせてもらう代わりに、秋田・川合両先生と3人でやっている史学概論「歴史研究の理論と方法」や、海域アジア史の授業を充実させることに頭を使うつもりです。

そのほか比較ジェンダー史研究会の科研(5年計画の2年目)もあるのですが、近年落ちこぼれ気味のベトナム史については、「山から見たベトナム史」の科研が今年で終わるので、この秋にとりあえず申請した挑戦的萌芽研究が採択されるよう強く祈っています。中期的には阪大歴教研の代表の座を若手に引き渡すなど、少しでもベトナム史に戻れるような条件作りをしなければなりません。

最後にそれやこれやを実現する前提として、来年は日本に立憲主義を回復させねばなりません。
日本を三流の権威主義政権が支配する開発主義国家にしてはいけません。

そんなことで平和は守れないし戦争をやっても勝てません。

では来年の皆様のご健康・ご多幸をお祈りします。どういぞよいお年をお迎えください。




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阪大歴教研例会の「初めて参加される方へ」

ずいぶん前に作った文章だが、このごろ忘れられている感もあり、あらためて転載しておく。原文は阪大歴教研HPにある。
なぜ今さらこれを転載するかというと、歴史教育改善の取り組みは指導要領改訂や入試改革の具体的な方針が示され、いよいよ待ったなしの事態を迎えている。しかし各地の大学の取り組みなどでは、相変わらずこういう初歩の議論(と断片的な取り組み)がおこなわれがちである。そんなことをやっている時間はないのだ。日本に大学が7校とか10校しかなければ、われわれ手分けして説明して回ればいいのだが、事態と対策の議論がどこまで進んでいるかを「自分で急速に」把握したうえで取り組みを展開してもらわねばならない。それにはただし、便利な手引きがなければならない。これだけでは全然足りないが、その入り口の入り口ぐらいにはなるかなと思うのがこの文章である。


例会に初めて参加される方へ

大阪大学歴史教育研究会事務局

当研究会の月例会に初めて参加される方は、予想と違った会の内容に、しばしばとまどいを表明されます。あらかじめ誤解を避け、有益な質疑討論をおこなうために、以下をお読みのうえでご参加いただければ幸いです。


【高校・予備校教員の皆さんへ】

  大阪大学歴史教育研究会の目標は、「古い内容の」「入試以外に目的の示されない」「暗記一本槍の」歴史教育にかえて、「現代世界の状況と現在の歴史学の水 準をふまえて」「因果関係や意味・背景がわかる」「面白く、生きていくうえで必要な」歴史教育を実現することにあります。そこで教えられる歴史は、現代市 民の良識・判断能力や異文化コミュニケーション能力などを含む、歴史的思考力の涵養に資するものでなければなりません。もちろん具体的な年代、事項や用語なしで歴史を教えることはできませんが、出てくる年代や用語の大半を暗記してからでなければ歴史的思考力が身につかないと考えるのは、いかにも非科学的です。こ うした観点から当研究会ではこれまでも、(1)教員に向けた、各分野の研究成果や考え方のコンパクトかつ正確な解説、(2)それを教育現場に応用できるよ うにするための、従来の理解や教え方ではなぜいけないのかを中心としたQ&Aや、授業内容の紹介、「ネタづくり」などをおこなってきました。

  歴史教育における教育方法の重要さは言うまでもありませんが、文学部史学系を主な舞台として設立された当研究会は、狭義の教科教育法についての研究会では ありません(もちろん地歴科の受験指導法の研究会でもありません)。当研究会で扱われるのは、最新の教科書を(教科書で)教える場合に教員に求められる知 識・理解や視点・考え方です。それをもとにして生徒にどう教えるか(教えないか)は、参加された教員に委ねられています。したがって、新しい研究成果の解説を初めて聞く高校教員から出されがちな、「われわれはいまでも時間が足りなくて困っているのに、そんな新しくて難しい事柄をどうやって教えろというのだ」という反発は、当研究会の守備範囲の外にあります。た だし当研究会では、これまでの歴史教育に、今日では意味を失った古い事項が大量に残されていること、新しい内容を教科書に導入しようとする研究者が、全体 のバランスを考えずに自分の分野ばかりむやみに詳しくしてしまう傾向などを、深刻な問題ととらえています。全体を見回してスクラップアンドビルドを進める こと、語句や事項の重要度を(教科書頻度などという無意味な指標でなく、21世紀に必要な内容として)階層分けして示すことなどは、当研究会の重要課題で す。

「学界でそれが新しい常識だったとしても、これまでと大幅に違った教え方をしたら生徒がとまどう」というご意見も、当研究会では歓迎されません。学 問の進歩によって教科書が書き換えられた際に、「それでは生徒がとまどう」という反応が理系科目で出るでしょうか。たしかに古い教科書や入試問題はなく なっていないし、多くの生徒が中学までに古い勉強法を刷り込まれていることも無視できません。それにしても、世界史そのものは高校で初めて習う科目で、な にを教えても生徒には新しいはずです。あえて挑発的に言えば、新しい内容でとまどうのは生徒ではなく、古い理解や教え方になじんだ先生方ではありません か?

  21世紀を生きる生徒たちに必要な素養を考えたとき、歴史の教育内容も大幅に変えざるをえません。それを面倒だと考えたら、苦痛でしかないでしょう。そう でなく、先生方にも新しい歴史学の成果を面白がりながら、新しい授業をしていただきたい、そのための材料を提供しよう、これが当研究会の精神です。


【大学教員・専門研究者の皆さんへ】

  狭義の教科教育法の研究会ではないことのもうひとつの意味は、当研究会で扱う歴史教育は高校教育(または初等・中等教育)だけに限られないということで す。極端に多様化した現行の中等教育のカリキュラムが単純化され、週休が1日制に戻されて授業時間が増加したとしても、以前は存在しなかった科目の出現、 各科目の内容の複雑化・高度化などから見て、かつてのように「全員が世界史・日本史・地理をまんべんなく勉強する」しくみへの全面復帰は不可能でしょう。とすれば、すべての若者に歴史の素養が不可欠だと信じる大学教員・研究者は、その教育の一部を大学で引き受けねばなりません。それは、従来おこなわれていた「ランダムな専門研究の例示」とも、純粋な「未履修者への補習」とも違った内容をもたねばならないはずです。研究者志望の大学院生やポスドク研究者には、それに備えた意識的な訓練が必要です。

  教員養成の観点からも、世界史・日本史や歴史学全体についての高度な概論抜きで断片的な特殊講義ばかり履修させられた学生が、自分で勉強して広くバランス の取れた授業のできる高校歴史教員になることを期待するのは、すぐれた教科書と概説書さえ書けば現場で良い授業ができるはずだと考えるのに劣らず、現実離 れした態度ではないでしょうか。ちなみに当研究会では、20世紀末以降の新しい歴史学に立脚しようとしていますので、ランケ、マルクスとウエーバー、トイ ンビーとE.H.カーなどの理念の紹介に終始する「ヨーロッパ思想史の授業」が、21世紀になお「史学概論」と呼ぶに値するとは考えません。今後求められ るのは、(1)非欧米世界に十分な比重をあたえ、世界史と日本史を統合した、しかも(2)歴史学の主要なテーマ・領域や方法を可能な限り網羅したような概 論や入門書だというのが、西洋史学の教員も含めた当研究会の考えです。

  もともと当研究会は、専門研究者が一方的な上から下への講義をおこなう場ではありません。研究者の報告に対する高校教員や編集者の幅広い質問と「突っ込 み」、そこから巻き起こる双方向の討議と「異文化コミュニケーション」は、大学の教養教育や教職課程の授業を考える材料にもなるはずです。専門研究者(と くに大学院生などの若手)にとってそうした議論は、自分の研究を歴史学全体にどう位置づけるか、研究の現代的意義をどこに求めるかといった、研究そのもの に必須な省察へとつながるでしょう。当研究会はあくまで、双方向の高大連携によって、高校・大学双方の歴史教育の刷新を目ざすものです。

  以上のご説明から、当研究会での専門研究者による報告・解説は、通常の学会・研究会での個別テーマに関する研究発表とは違うことがご理解いただけるはずで す。問題になるのは「一次史料による実証」ではなく因果関係、意義、構造などの「概括」です。新旧の理解の違いを浮き上がらせるために、学界動向の紹介は しばしば有益ですが、それは「論文における先行研究の提示」とは別物です。自分が一次史料や原典を読んでいないことがらについては発言しない、質問 されても答えないなどという態度は、一次史料で「実証」されていない「理論」は認めないという発想と同じく、本研究会の趣旨に合いません。他方、本研究会 での報告・解説はカルチャーセンターの講義でも高校生向けの出前講義でもないのですから、いたずらに「内容や説明論理のレベルを下げる」のは筋違いなので すが、大学院で専門教育を受けたことのない人は理解できない「業界用語」の使用だけはお控え下さい。

 こういう報告や討論は簡単ではありません。それがうまくできれば、「日東西」など歴史学内部の各領域間でのディスコミュニケーション、他の学問分野の研究者に歴史学が理解されない苦境なども、打開の道が開けると思いませんか? 当研究会の射程はそこまで伸びています。

来年6月4/5日の東南アジア学会大会

今日の仕事の一つはこの打ち合わせ。今月初めの早稲田での大会(私はリーバーマンWSの準備で行かれなかったが)の際に引き受けを依頼されたものだ。阪大での開催は2008年に吹田キャンパスでやって以来ということになる。豊中キャンパスでということなので、立場上私が(そんな年になったか)準備委員長ということになった。

この学会の歴史と2006年当時の対立を知っている方は、私がこの学会に抱いている感情をご存じだろう。依頼した側の学会理事会でも、それを気にかけている方があるようだ。今でも積極的に協力する気には到底なれない。それが単なる恨みであれば私の器が小さいだけということになるが、問題は当時私と対立した主流派の「こうした方が学会が発展するという公約」が全然実現されていない点にある(東南アジア地域研究の苦しい状況については、先日の京大東南アジア研究センター50周年記念行事でも見聞きした)。

それでも私が今回の学会開催に協力することにしたのは、高校世界史教育に関する仕事を学会に持ち込んだ責任(学習指導要領改訂や新テストなど、来年はかなり正念場になるので、世界史用語選定についての仕上げのパネルをやらねばならない)と、もうひとつは大阪外大との統合の力を見せたいという思いからである。
後者は統合後の阪大が十分できていない(文科省からも追及されている)重要な課題である。ただし箕面キャンパス(旧大阪外大)は交通が不便すぎるのが、豊中キャンパスでやる理由である。
ついでに「グローバルヒストリーの中の東南アジア史」を考えるような発表や企画もできれば満点だろう。

そんなわけで、皆さん6月4、5日はぜひ豊中キャンパスにお越し下さい。




嵐の10日間

FBが精一杯でブログの方では書く暇というか気力が全然なかったが、リーバーマンWSと公開講演会等の一連の行事が無事終了。「ホラ吹き」をやっているとこんなに有益で楽しい経験もできるのだということを実感した、幸せな1週間あまりの日々だった。
その後も歴教研の年末例会と懇親会などなど仕事と飲み会が続き、一昨日からちょっとへばったが、今日はどうにかこうにか復活した。皆さん有り難うございました。

20151217_145600奈良コムゴンのサイゴンランチ
これはリーバーマン先生ほかを奈良にご案内した先週木曜日の昼食(ベトナム料理「コムゴン」のランチ)。とても寒い日だったが、どこでもすたすた歩き、熱心に質問や議論をするリーバーマン先生の元気にほとほと感服。

あと一息

ミシガン大学(米)のリーバーマン教授を迎えたワークショップ、公開講演会等のため1週間以上てんてこまいが続き、しばらくブログどころではなかったのだが、明日が最後。来週はなんとかブログも書きたい。

ただしこの間放り出していた原稿やらなんやらがある。く、く、苦しい。

リメンバー・コタバル

毎年12月8日には書くのだが、今年は慌ただしい東京出張などで書けなかった。
日本ではいまだに、「真珠湾奇襲で」「太平洋戦争が始まった」という言説が再生産されているが、これはアメリカから見た歴史であって、日本が戦争を行った歴史としては正しくない。
事実は(偶然だが)英領マラヤのコタバルへの上陸で戦争が始まっている。その戦争は、戦場の所在から見て「アジア太平洋戦争」と呼ぶべきであろう。したがって、日本の宣戦布告無き奇襲を非難するなら、「リメンバー・コタバル」ではないのか。

ついでに日本軍がコタバルの北方、タイ領のソンクラーにも(タイとの中立条約を無視して)上陸し、戦闘が起こった事実も、「真珠湾攻撃で太平洋戦争」説では抜け落ちてしまう。

このように最初は「鬼畜米英」と戦闘状態に入ったはずが、いつの間にかアメリカだけと戦い太平洋だけで負けたような話になっていく従来の説明は、おかしいと思わないのだろうか。
こうなるのは元はといえば「(大東亜戦争でなく)太平洋戦争と呼べ」という占領軍の強制だろうが、独立回復後も日本側でこれを再生産し続けているというのは、要するに対米従属を自分で内面化したということ。

自分がナンバーワンではないことを前提に、「自分はナンバーワン(だけ)に負けたのだからしょうがない」と思い込むことで、自分がいろんな相手に負けた事実を無かったことにする。つまり自分は「その他の国よりは上なのだ」と思える周辺根性の典型である。はは、悲しいね。

これらを歴史教育の場で常識にしなければならない。
プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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