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水中考古学に関連した連続講座「海からの贈り物」

3回連続講座の3回目が今週の木曜日!
もっと早く知っていれば行ったのに。
http://osakademanabu.com/kouza/umeda/2615
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水中考古学と高麗青磁

今日は海域アジア史研究会例会で東洋陶磁美術館の高麗青磁特別展の見学。新安沈船以来の水中考古学によって発見された遺物がまとまって紹介されており、2年前に木浦に行ったときに見学したものも含まれているが、とても興味深かった。

最初に館員の鄭銀珍さんが高麗青磁の研究史について解説してくださり、その後に見学したのでとてもいい勉強ができた。浙江省や開封など中国から高麗青磁が見つかっており、だから寧波から日本に向かう新安沈船に高麗青磁が積んであったのも中国を中継した日本輸出と理解できるというのが興味深かった。
もう1点は馬島船など高麗の地方から都に年貢を運ぶ漕運船と思われる船から出ている木簡の話がとても参考になった。特定の土地の収租権ないし収益取得権を特定の官人や寺院その他に与える私田から、私田の受給者に品物を送る際に添えた送り状の木簡が、国家や官庁が直接管理する公田からの米などの送り状とならんでたくさん見つかっているのは、私田も中央や他の土地にいる受給者が「自分で取り立て」しなくても国家の力で取り立て・運搬ができていたことを示す(だれも読んでくれないが、私には中世ベトナムの公田・私田と高麗のそれを比較した論文があり、この問題にはすごく興味があるのだ)。
またそういう運搬品の一種として青磁が扱われていることは、展示のキャプションによれば、私田受給者が一般の租を青磁に替えて送らせたものと解釈される。だとすれば日本の荘園で代銭納が行われたように、青磁が貨幣機能(何にでも替えられる一般的等価物としての)を持っていたために取り立てた雑多な現物をわざわざ送る面倒を避けるがことできたのだろうか。都でそれを他の必要な品物に替えることができたのだろう。また鄭さんの話では、近代に外国人に高麗青磁が注目されたきっかけは墓から出てきた品だったという。多くの墓から青磁が出るということだが、青磁はただの威信財というより、埋蔵銭と同様に価値の保蔵手段という意味は持っていなかっただろうか。

終了後は大阪駅前第3ビル地下の沖縄料理「島唄ライブ琉球」に久々に行く。ひーじゃー(ヤギ)の刺身を、たぶん沖縄以外では初めて食べた。そのうち島唄が始まり、最後はお客もみんなでカチャーシーを踊る。3日連続の飲み会で心配だった胃の調子もなんとか無事で、泡盛を飲んでしまった。
昨日の夜からとても暗澹たる気分だったが、少し気が晴れた。

帰ったらCSのクラシカ・ジャパンでバレンボイムのベートーベン・ピアノソナタ集をやっており、悲愴・月光など子どものころ散々聞いた曲をやっている。その次はカヴァコスという人が弾くベートーベンのバイオリン・ソナタ「春」が始まった。次はクロイツェルも弾くようだ。

ASEAN首脳会議

昨日はマレーシアのクアラルンプルでASEAN首脳会議、ASEAN+3(日中韓)首脳会議、ASEAN・中国首脳会議などが開催され、今日は日米中なども参加する東アジアサミットやASEAN共同体発足の署名式なども開催されるとのこと。

南シナ海紛争などの問題があるとはいえ、ASEANの会議に米中日韓などの首脳が参加するのが恒例化したこと自体が、ASEAN外交の大きな成果でしょう。そこでは原加盟国(インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピン、タイ)以外の東南アジア各国も1990年代に加盟して地域協力の実績を積み重ねたことが大きな意味をもっており、ベトナムの貢献も少なくない。

なお中国に対する態度がベトナム・フィリピンとカンボジアなどで割れている問題の背景には、「中国や華僑の脅威」を強く感じてきた」国と、むしろベトナムやタイの膨張に苦しめられてきた(そちらを)国の違いなどの複雑な歴史がある。それはもちろん、客観的な脅威がどこから来たかという問題だけでなく、それぞれの国家が何を(どんな外圧を)国民統合の核にしてきたかという問題でもある。

そういう中国に対する意識が、対日感情にも影響している国もある。このごろの日本人は諸外国の「対日感情」をやたらに気にするが、それは日本とその国の二国間関係だけ見ていても理解できないことが多いのだ。東南アジア諸国の表面的な「親日」を見て単純に「中国・韓国はケシカラン」という意を強くするようなことでは、複雑な国際関係はわからない。

阪大歴教研10周年例会

阪大歴教研10周年例会。高大連携歴史教育研究会の油井会長も来てくださった。
参加者数が多くなかったが充実した議論ができたようだ。
私はその間に「阪大ツアー2015」というオープンキャンパスで高校生相手の模擬授業。8月に長野高校でやったのと同じ「世界史の中の鎖国日本」の話をやったのだが、8月より持ち時間が30分長いので昨夜思いついて、九州国立博物館が持ってる1591年のベトナムから日本国王宛の手紙(日越間の書簡で現存最古)とか、ベトナムやラオスで見つかった伊万里焼の写真などいろいろ見せたら時間が足りなくなって、最後の方の一番大事なところをとばす羽目になる失敗。思いつきで行動するとやはりロクなことがない。

 これが終わって歴教研に終了間際にとってかえし、そのまま懇親会に参加。教育担当の小林傳司副学長(私に今日の模擬授業を命じた人)を拝み倒して来てもらった。こちらも人数が少なくて申し訳なかったが(デリバリーの料理が余った!)、CSCD時代からさんざん宣伝してきたし、実際の雰囲気の一端はわかってもらえたと楽観。歴教研のHPに載せてある「初めて参加する方のために」を面白がってくれたようだ。

油井先生から今日の報告の秋田さんに「高校生に社会経済史をどう面白がらせるか」、小林さんからは会に対して「ぜひ理系学生向けの歴史教育をしてくれ」とそれぞれ課題を示された。いろいろやってきた蓄積、持ちネタは十分あると信じるが、要は目に見える形でそれらのモデルを示すことだろう。

大阪のリアルvol.7

大阪が自壊するか、何とか踏みとどまるか、明日決まる。
http://sealdskansai-real.strikingly.com/#vol-7

ポピュリズムの怖さ

何度も言ってるが中学・高校の歴史教育で「ポピュリズム」を教えないのは、今の日本や大阪の状況から見てとてもまずい。
ものごとを過度に単純化するポピュリズムのやり方は、このごろよく言われる反知性主義とも親和的である。
また第二次大戦後のラテンアメリカ諸国など、中進国で出て来やすいという点も、日本の今後を考える点で大事な視角ではないか。

「衆愚政治」一般を教えればよいというものではない。
プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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