8月の教員免許更新講習
口頭ではいろんな人に伝えてきたが、公式の案内を忘れていた。
8月17-19日に阪大で、歴史の教員免許更新講習を開く。
http://www.osaka-u.ac.jp/ja/guide/career/teacher/training
桃木・秋田・中村翼というメンバーは「相変わらず」ではあるが、中国・日本と東アジア、それにアジアを中心としたグローバル経済史についてまとめて話を聞ける場所はそんなにない。
最初に発表された締め切りが過ぎているが、まだ定員に達していないそうなので、免許更新の時期にあたっているお知り合いがあれば是非勧めていただきたい。
8月17-19日に阪大で、歴史の教員免許更新講習を開く。
http://www.osaka-u.ac.jp/ja/guide/career/teacher/training
桃木・秋田・中村翼というメンバーは「相変わらず」ではあるが、中国・日本と東アジア、それにアジアを中心としたグローバル経済史についてまとめて話を聞ける場所はそんなにない。
最初に発表された締め切りが過ぎているが、まだ定員に達していないそうなので、免許更新の時期にあたっているお知り合いがあれば是非勧めていただきたい。
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ピッツバーグの世界史教育
カンファレンスそのもののことが後回しになったが、とても勉強になった。
全体テーマはアメリカ国内および外国における学校世界史教育である。中身は中学・高校教育、大学教育、教員の養成と研修のすべてが含まれていた。ただし初等教育はなかった。やはり初等教育と中・高等教育の間には断絶があるのだそうだ。
日本では歴史に関する「全米教育基準」その他アメリカの先進的側面ばかり強調されるが、実は日本と同じような問題も沢山抱えていることがよく分かった(もちろんそれに対する取り組みは日本よりずっと組織的に見える)。たとえば「考え方」重視の教育運動が早くから行われているがそれは一国史としてのアメリカ史と強く結びついているという、カリフォルニア州立大のティム先生の話。アメリカし内部でもそれによって養われる考え方のモデル化に「5つの考え方」「6つの考え方」などいろいろなものがあるが、世界史だったらそれは一桁では済まないのではないか、という指摘も、まさにドンピシャだと感じた。そして「5つ」「6つ」「7つ」などであればいいが、12も15もあったらそれはスローガンやキーワードにならない。
州ごとの大きな違いに関するスーザンさんの報告もとても参考になった。また日本でも知られたウェブサイトWorld History for us allのダン先生の報告では、そこに載せられた授業の基礎になる問いかけについて、やはり「正解を教えろ」と言ってくる現場の先生がいるそうだ。ちなみにこのウェブサイトは、日本で評判の全米教育基準が保守派の攻撃ですべての州で(表面上は)不採用になったあとに作られたものだそうだ。問題が深刻なのは、多くの州が間接的にこの考え方を取り入れたが、しかしたいていは古い教育内容と折衷されたのだそうだ。日本でもアクティブラーニングなどの新しい方法で、古い中身(生徒は受験が済めば忘れてしまう)が定着させられるという問題は軽視できない。
AAWHメンバーのアフマッド・ファヌーク先生による湾岸諸大学の世界史教育の報告、ケンブリッジのカトリーヌ先生の過去に関する解釈の歴史として教える歴史教育の話もそれぞれ参考になった。
人種問題の教え方をめぐる発表(中身も東アジアの民族問題などと共通点が多かった)の途中で参加者がグループディスカッションを求められるなど、中身だけでなくやり方も面白かった。
私自身の報告は、日本の世界史教育の困難な状況(高校必修世界史の失敗、日本史必修を求める政治的圧力、大学教育の保守性)と、阪大の取り組み(歴教研の取り組みプラス『市民のための世界史』の紹介)という毎度おなじみのネタで、後半疲れたため、今回の骨である日中関係を改善するための古代からの歴史教育という部分がイマイチうまくしゃべれなかったが、日本でこういう仕事を延々と続けているグループがあるという話は、それなりに面白がってもらえたようだ。
これは2日目終了後に古いファカルティハウスでおこなわれたディナーのデザート。なかなかの味。

ついでにおまけで、大学の近くにあるヌードルショップの「インドネシア風」。ピーナツがのせてあるが、やたらに辛いところは「インドネシア」ではない気がした。
全体テーマはアメリカ国内および外国における学校世界史教育である。中身は中学・高校教育、大学教育、教員の養成と研修のすべてが含まれていた。ただし初等教育はなかった。やはり初等教育と中・高等教育の間には断絶があるのだそうだ。
日本では歴史に関する「全米教育基準」その他アメリカの先進的側面ばかり強調されるが、実は日本と同じような問題も沢山抱えていることがよく分かった(もちろんそれに対する取り組みは日本よりずっと組織的に見える)。たとえば「考え方」重視の教育運動が早くから行われているがそれは一国史としてのアメリカ史と強く結びついているという、カリフォルニア州立大のティム先生の話。アメリカし内部でもそれによって養われる考え方のモデル化に「5つの考え方」「6つの考え方」などいろいろなものがあるが、世界史だったらそれは一桁では済まないのではないか、という指摘も、まさにドンピシャだと感じた。そして「5つ」「6つ」「7つ」などであればいいが、12も15もあったらそれはスローガンやキーワードにならない。
州ごとの大きな違いに関するスーザンさんの報告もとても参考になった。また日本でも知られたウェブサイトWorld History for us allのダン先生の報告では、そこに載せられた授業の基礎になる問いかけについて、やはり「正解を教えろ」と言ってくる現場の先生がいるそうだ。ちなみにこのウェブサイトは、日本で評判の全米教育基準が保守派の攻撃ですべての州で(表面上は)不採用になったあとに作られたものだそうだ。問題が深刻なのは、多くの州が間接的にこの考え方を取り入れたが、しかしたいていは古い教育内容と折衷されたのだそうだ。日本でもアクティブラーニングなどの新しい方法で、古い中身(生徒は受験が済めば忘れてしまう)が定着させられるという問題は軽視できない。
AAWHメンバーのアフマッド・ファヌーク先生による湾岸諸大学の世界史教育の報告、ケンブリッジのカトリーヌ先生の過去に関する解釈の歴史として教える歴史教育の話もそれぞれ参考になった。
人種問題の教え方をめぐる発表(中身も東アジアの民族問題などと共通点が多かった)の途中で参加者がグループディスカッションを求められるなど、中身だけでなくやり方も面白かった。


私自身の報告は、日本の世界史教育の困難な状況(高校必修世界史の失敗、日本史必修を求める政治的圧力、大学教育の保守性)と、阪大の取り組み(歴教研の取り組みプラス『市民のための世界史』の紹介)という毎度おなじみのネタで、後半疲れたため、今回の骨である日中関係を改善するための古代からの歴史教育という部分がイマイチうまくしゃべれなかったが、日本でこういう仕事を延々と続けているグループがあるという話は、それなりに面白がってもらえたようだ。
これは2日目終了後に古いファカルティハウスでおこなわれたディナーのデザート。なかなかの味。

ついでにおまけで、大学の近くにあるヌードルショップの「インドネシア風」。ピーナツがのせてあるが、やたらに辛いところは「インドネシア」ではない気がした。

ピッツバーグ・パイレーツ




ピッツバーグ大のマイケルの提案で、カンファレンス初日の夜に野球を見に行く。半分ぐらいのメンバーが参加。
PNCスタジアムは10年ぐらい前にできた新しいスタジアムである。59年前にピッツバーグ大で客員研究員をした私の父は野球好きだったので、たぶん古い球場で観戦したはずである。




試合は相手のカージナルスに効果的なホームランが出てパイレーツは負けたが、名物のホットドッグを食べるなど、じゅうぶん楽しめた。しかし年俸高騰で地方都市のチームは有力選手を雇えないので弱くなっているという話は、いずこも同じと思わせるものだった(おまけにピッツバーグはアメリカンフットボールの強豪チームがあるため、野球の立場は余計に弱いのだそうだ)。もうひとつ、カリフォルニアのティム先生が教えてくれたのが、入場料も高くなっているため、選手はアフリカ系(黒人)がたくさんいるのに観客のアフリカ系は減っているそうだ。
次にピッツバーグに来る機会があったら、今度はオーケストラも聴きたいものだ。これも父が通ったはずである。
ピッツバーグの街
ピッツバーグ訪問
グローバルヒストリーの提唱者の一人であるピッツバーグ大学のパトリック・マニング先生に招待されて、世界史教育のカンファレンスに参加するために、6日からピッツバーグに来ている。
まず伊丹から成田に飛び、成田からシカゴへ、それからピッツバーグへと2回乗り継がねばならなかったが、幸い3年前にトロントからクリーブランドへ飛んだときのような失敗はなく、無事にピッツバーグに着いた。これは成田-シカゴ便の機内食と、シカゴ・オヘア空港で食べた朝飯である。

ピッツバーグ空港の古めかしいシャトルトレイン

大学はオークランドの文教地区にある。宿もその中で、カンファレンス会場まで徒歩5分程度。
真ん中の写真の高い塔が、観光でも有名なcathedoral oflearning。20いくつかの民族風の教室が中にある。

建物の中はけっこう古めかしかったが、アメリカらしいきれいな大学街で、いたるところに花が植えられていた。右は大学の並びの教会。

きれいで便利な大学街だが、予想通り飯はそんなによくない。左は初日の夕飯を食べた中華食堂(「経済飯」の部類)。右は翌朝のスタバ。日本のカフェやコンビニで美味いと思わないベーグルが、ここではけっこうおいしいと知ったのは収穫ではあったが、サンドイッチやホットドッグ以外のまともな飯を食おうと思うとけっこう大変か。


まず伊丹から成田に飛び、成田からシカゴへ、それからピッツバーグへと2回乗り継がねばならなかったが、幸い3年前にトロントからクリーブランドへ飛んだときのような失敗はなく、無事にピッツバーグに着いた。これは成田-シカゴ便の機内食と、シカゴ・オヘア空港で食べた朝飯である。


ピッツバーグ空港の古めかしいシャトルトレイン

大学はオークランドの文教地区にある。宿もその中で、カンファレンス会場まで徒歩5分程度。
真ん中の写真の高い塔が、観光でも有名なcathedoral oflearning。20いくつかの民族風の教室が中にある。



建物の中はけっこう古めかしかったが、アメリカらしいきれいな大学街で、いたるところに花が植えられていた。右は大学の並びの教会。


きれいで便利な大学街だが、予想通り飯はそんなによくない。左は初日の夕飯を食べた中華食堂(「経済飯」の部類)。右は翌朝のスタバ。日本のカフェやコンビニで美味いと思わないベーグルが、ここではけっこうおいしいと知ったのは収穫ではあったが、サンドイッチやホットドッグ以外のまともな飯を食おうと思うとけっこう大変か。


日本人の歴史認識における中韓と東南アジアの落差
今朝の毎日新聞2面コラム「風知草」。
安倍首相の米議会演説についてだが、第二次世界大戦中のアジア諸国への日本の関わりの多様性--したがって日本として行うべき「反省」や「謝罪」のあるべき姿の多様性--について述べている。
それはもっともなのだが、以下の書き方はいかがなものか。
「インドは対英独立闘争の過程で日本の協力に期待した側面がある。インドネシア、ミャンマー、マレーシア、ベトナムなどは独立運動もまだ微弱な、欧州列強の植民地だった」(中国や韓国は違う、その苦痛から日本は目を背けるべきでない、という論旨)
私は高校の先生によく、「皆さんが(無神経に)やっている世界史教育は、東南アジアに韓国や中国みたいな政府があったら、即外交問題になるような問題をたくさん含んでいるんですよ」と言う。
新聞記者というのも、高校教員に劣らず物知りでなければならないはずだが、このコラムを書いた人は、是非は別として、上の表現が現在のベトナム政府の歴史認識を正面から否定するものであることは、わかっているだろうか?
(ヒント)知らない人は、「ベトミン」「8月革命」などのキーワードで調べて見てほしい
右翼はもちろんだが、日本の「良識派」がしばしば、韓国や中国との関係を重視するあまり、東南アジアを馬鹿にした表現を平気でするのは、困ったことだ。
同じ2面に載っている「制定過程をたどる日本国憲法2 天皇守った「象徴性」」は、天皇制の存続と引き替えにGHQが憲法改正案の受け入れを迫ったという「押しつけ憲法論」に対して、天皇を(戦犯裁判から)守ることが日本政府にとっても最大の課題だったことを説明している。これを現在の問題に敷衍すると、現在の右派の改憲論は、自分たちの権力に比べれば「天皇制」などどうでもいい、と思っているということにもなるだろう。なお強力な権威主義政権のリーダーが王政を軽んじるというのは、タイ史でよく見られるパターンかと思われる。
安倍首相の米議会演説についてだが、第二次世界大戦中のアジア諸国への日本の関わりの多様性--したがって日本として行うべき「反省」や「謝罪」のあるべき姿の多様性--について述べている。
それはもっともなのだが、以下の書き方はいかがなものか。
「インドは対英独立闘争の過程で日本の協力に期待した側面がある。インドネシア、ミャンマー、マレーシア、ベトナムなどは独立運動もまだ微弱な、欧州列強の植民地だった」(中国や韓国は違う、その苦痛から日本は目を背けるべきでない、という論旨)
私は高校の先生によく、「皆さんが(無神経に)やっている世界史教育は、東南アジアに韓国や中国みたいな政府があったら、即外交問題になるような問題をたくさん含んでいるんですよ」と言う。
新聞記者というのも、高校教員に劣らず物知りでなければならないはずだが、このコラムを書いた人は、是非は別として、上の表現が現在のベトナム政府の歴史認識を正面から否定するものであることは、わかっているだろうか?
(ヒント)知らない人は、「ベトミン」「8月革命」などのキーワードで調べて見てほしい
右翼はもちろんだが、日本の「良識派」がしばしば、韓国や中国との関係を重視するあまり、東南アジアを馬鹿にした表現を平気でするのは、困ったことだ。
同じ2面に載っている「制定過程をたどる日本国憲法2 天皇守った「象徴性」」は、天皇制の存続と引き替えにGHQが憲法改正案の受け入れを迫ったという「押しつけ憲法論」に対して、天皇を(戦犯裁判から)守ることが日本政府にとっても最大の課題だったことを説明している。これを現在の問題に敷衍すると、現在の右派の改憲論は、自分たちの権力に比べれば「天皇制」などどうでもいい、と思っているということにもなるだろう。なお強力な権威主義政権のリーダーが王政を軽んじるというのは、タイ史でよく見られるパターンかと思われる。