留学生の日本語チューター

東洋史の研究室でポスドク・院生との雑談。
留学生が増えると院生が日本語のチューターとして付くことになるが、それには日本語に関するチューターの素養が必要である。それは通常の小中学校の国語教育では全く歯が立たない。歯が立たない院生の指導を受ける留学生にも、それは幸せなことではない。幸い阪大文学部には外国人に教える日本語/外国人が使う日本語を研究する現代日本語学の専門分野があるし、国語学にも超面白い先生がいる。たとえば東洋史の院生も、日本語教員の資格を取るまではいかなくても、そこで日本語に関する認識のアップデートをある程度しておくと役に立つだろう。東洋史の院生は、中国史なら中国語を習い中国に留学する者が多いが、日本語を客観的に見直す訓練は現地語習得にも役立つはずだし、中国語の高度な知識をもとに中国人留学生の日本語を指導するといった能力は、院生・ポスドクの稼ぎにもつながるのではなかろうか(留学中に現地の大学で日本語教育のアルバイトに関わる者は少なくないだろうが、日本の大学でも一定の需要が開拓できるだろう)。

たとえば中国人やベトナム人はきわめて高い確率で、以下の表現をする。
「だれはこの本を書きましたか」(疑問詞の使い方および「は」と「が」の違い)、
「大阪大学に付属される研究所」(受け身の使い方および自動詞と他動詞の区別)
「中国がベトナムと交渉についての研究」
(助詞の他の品詞との組み合わせおよび用言と体言の区別)
これらの表現がなぜいけないのか説明できないと、留学生の論文の添削は困難である。

「注文の多い料理店」阪大東洋史で、また院生にこんな要求をしたら、いよいよ院生が来なくなるかな?
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新しいリンク先

「地域から考える世界史プロジェクト」
「すべての大学に教養科目「戦後世界史と日本」を!市民ネットワーク」
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2015年は。。。

第二次世界大戦終結70周年、アウシュビッツ解放70周年などがしきりに報道されるが、ほかにもいろいろある。
「円高の時代」の開始を告げた先進国蔵相会議のプラザ合意から30年
ベトナム戦争終結(南部解放)40周年
南ベトナムへの米軍直接派兵から50年
バンドン会議60周年、日本の「55年体制」成立から60年
中華民国の幣制改革、中国共産党の遵義会議や8・1宣言から80年
中国の5・30事件、日本の普通選挙法に治安維持法から90年
日露戦争終結から110年
日清戦争終結から120年
清仏戦争終結から130年...

東・東南アジアだけでもいろいろある。
ベトナムでは南部解放40周年で、解放記念日の4月30日前後は盛り上がるだろうな。



『開国期徳川幕府の政治と外交』

著者の後藤敦史さんからいただいた。


鎖国と開国、ダメな幕府と賢い薩長など単純な二元論を崩す研究の一つだろう。
「歴教研」「阪大史学の挑戦」などの中で鍛えられた若手が優れた業績を出すのは、とても嬉しいことだ。

体育社会科

以前にも書いたことがあると思うが、高校の社会科(地歴・公民科)の教員のひとつのタイプとして、スポーツの指導をするために教員になった人が、「免許の取りやすい」社会科(地歴・公民科)の教員になるというパターンがあるそうだ。「体育社会科」という言葉があると教わった。

先日発表された選抜高校野球の代表32校について、スポニチには通算出場回数だの生徒数や部員数だののデータと安覧で、監督の身分が書いてあった。それを数えてみたら、一番多いのが保健体育教員で10人、そのつぎは社会科教員が8人、それ以外は教員でない学校職員が数人、英語や国語、福祉科の教員がぱらぱらという内訳だった。スポーツ指導のために教員になることを否定するつもりはないのだが、社会科は暗記だけでいけるから教員になるのも樂、という話だったらまずいかもしれない。そのスポーツの技術とあとは暗記だけという人がもしいるとしたら、その指導が効果を上げるとは思えないからだ。もちろん逆に、社会性を重視する教員が多いのかもしれないが。

今日の午後は高槻の関大ミューズキャンパスへ。付属校でやっている生徒にテーマを決めて論文を書かせるプログラムの手伝いを頼まれており、テーマ決定に向けて生徒にグループ討論をさせるところを見学してきた。スーパーグローバルハイスクールのプログラムなので、グローバル化に結びつける必要があるそうだ。「気候が衣食住に与える影響、グローバル化でそこにおこりうる変化」「異常気象への対応策と産業界以外が受ける影響」など地理系のテーマでやっているクラスに入ったのだが、たとたどしいながら色々なアイディアを出しており面白かった。グローバル化が選択肢を広げる面と地域の伝統をつぶして選択肢を狭める面と両方に気づいたのは、とくにいいポイントだったろう。

センター入試世界史Bの出題ミス

「貞享暦は、中国の(ア)の時代に、(イ)によって作られた授時暦を改訂して、日本の実情に合うようにしたものである」という問題が2通りに答えられるというのが、毎日新聞では昨日の教育欄「記者ノート」(三木陽介記者)と、今朝の3面コラム「火論」(玉木研二専門編集委員)と続けて取り上げられてしまった。

どういう出題ミスかは、「記者ノート」に説明がある。(ア)は授時暦を作った時代というつもりで出題しており、それなら元代だが、しかし日本語の読点には--明示的にこれを認識している人はほとんど見かけないが--「直後の語句にかからないことを示す」機能もある。そちらに従えば「中国の(ア)の時代に」は「改訂して」もしくは「日本の実情に合うようにした」にかかることになる。それなら(ア)は、貞享年間(1684~88年)に相当する中国の時代、つまり清が正解になるというわけだ。改訂は日本で行われたのだから中国の時代を問うのは不自然だが、文法上「間違い」とはいえない。

三木記者は日本語の句読点の用法を中学や高校でしっかり教えるべきだという井上ひさしの説を引く一方で、この問題文はそもそも「中国の(ア)の時代に(イ)によって作られた授時暦を、日本の実情に合うように改訂したものが貞享暦である」とすればよかったと結ぶ。これも適切な提言だが、ここでは、私が何度となく問題にしてきた日本語教育の杜撰さのほうをあらためて強調したい。テンやマルの有無や位置によって文の意味が変わることは一般論としてはだれでも知っているはずだが、しかしそれを全然意識しない文が世の中に氾濫している。さきの特定秘密保護法の条文も、それでももめた部分があった。行政文書は「または」と「もしくは」の上下関係などははっきり規定しているが、句読点については何も考えていないと思われる。

日本語の読点の用法はもちろん、絶対的なものではない。しかし文章を書くことを仕事にするような人間は、「第一には文や語句を読む(本来は音読する)ときの区切り(やリズム)を示すもの」「直後の語句にかからないことを示すケースがある」などの基本は明示的に覚えておくべきではないか。そうすると、たとえばやたらに読点が多いと読みにくくてかなわないことに気づくはずだ。文頭の接続詞の後は機械的に読点を打つなどというやり方では上手な文章を書けないことなども、やがて気づくだろう。私は文章の性質や読者によっても、読点の使いどころと使用頻度を変えて書く(長い文章だと途中で調子が変わってしまったりはするが)。

物理や化学と数学は別の科目・別の学問だが、物理や化学を専攻する学生は、その基礎として数学を習っていないと話にならないということを認識しているだろう。ところが歴史学の学生や研究者で、歴史学の基礎として国語のしっかりした運用能力がないとだめなことを認識していない人がたくさんいるのは、学界や教育界でも問題にしなければいけないように思う。

「火論」のほうは、「いったいこの設問はどんな歴史理解や思考力を問おうとしているのか」と痛いところをついたうえで、現在政府が進めようとしている入試改革にもふれ、「今回の正解二つの「出題ミス」は示唆的だ。さあどうする、どう変える、やる気はあるのか、とシグナルを送っているか」と結ぶ。
プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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