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蒸し暑い日のお寒い試合

朝、新聞を見て急遽思いつき、夕方の京セラドーム大阪に駆けつける。マリーンズ-バファローズ戦を内野自由席で観戦。

藤岡貴裕が先発というので期待して行ったのだが、球のキレもなくストライクも入らず、カウントを悪くして高めの球を痛打されるパターンで、2回1/3でKO。

打線が先に点を取ればなんとかなったかもしれないが、序盤の得点機に上位打線が打てず、後半は淡泊な攻撃でズルズルいくという、マリーンズがダメなときの典型的なパターン。
相手はクリーンアップが3人とも打点を上げたのに、こちらはゼロ打点では勝負にならない。
寺原隼人の球はたしかに力があったが。

試合が早く終わったので、家まで帰って夕食。
作り置きのスープ煮はわりとうまくできている。
ミョウガ、なめこ、豆腐などで具だくさんのスープまたは味噌汁(たいていキムチかザーサイも入れてピリ辛にする)をよく作るのだが、今回は残りもの一掃で、トリもも肉としいたけ、それに昆布などを煮込んだところにナス、ミョウガ、なめこと豆腐、それに刻みネギを入れ、ピリ辛でなく醤油とみりんで味つけしてみた。
ご飯にもビールにも合う。

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史学概論でのジェンダー・家族史

今週水2の「歴史研究の理論と方法」(史学概論)で、ジェンダーと家族を担当した。
先々週の歴史教育研究会も踏まえて話したおもな内容は、
1.女性史とジェンダー史の違い。
2.前近代家族に関する俗説と近代家族の問題
3.日本中世における権力とイエの成立

コメントペーパーを見ると、高校や大学でジェンダー関連の授業を聞いたことがある、本を読んだことがある、という学生が多い。その点は昔と大きな違いだ。
1で話した、ジェンダー史は女性史だけでなく男性や性的マイノリティも扱うという点が目新しかったようだ。また、2で話した「前近代にも多数派は核家族で、昔は大家族が一般的だったというのは俗説にすぎない」に驚いたという感想も多かった。
同じ2で、近代に家族がプライベートな領域となり、女性が社会性を剥奪された(他方、男性は家事・育児から切り離されたので、両方に損失があった)という点に着目した感想・コメントも多かったので、このへんはねらい通りであった。父系と父権、母系と母権は別問題であること、姓のない社会もあることなどの話も、いちおう印象に残ったようだ。
3は例によって時間不足で、近世以降の展開がほとんど話せず、感想も少なかったが、天皇制がジェンダーや家族と切り離せない問題であることは、いちおう伝わったようである。

数日前にこのブログで書いた、ジェンダーを全員が学ばねばならない3つの理由をこの講義でも話したのだが、(東アジア型)少子高齢化との関わりは、いまいちピンとこなかったようだ。学生に日本・韓国が少子化の熾烈なトップ争いをしているといった現代社会の基礎知識がないせいかもしれない。
これはもちろん、政治・経済などいろいろな要因がからみあった複雑な問題なのだが、何度も話したり書いているように、家事・育児や老人介護の社会化、婚姻外の出産などへの強い忌避(子供を産み育てることを困難にしている政策の背景に、そういう「文化」がある)が大きな理由であることは、常識にならねばいけないだろう。

もう1点、月曜のCSCD授業のときにディスカッションしそびれた問題なのだが、こういう授業でジェンダーや家族のありかたの多様性を強調するのは、過度に単純化され歴史的事実にも反する「日本の家族の伝統」などで人を縛ろうとする現実の政治・社会的動向に反発するためだが、他の分野の教育が「唯一の正解を叩き込む」やり方のままでジェンダーや家族の問題だけ「いろいろあっていいんだ。それぞれ自由に選択しよう」と言われると、かえってどうしていいかわからなくなり「自分で選ぶなんてしんどいことをするより、だれかに決めてもらいたい」と考える人が増えること。「自由からの逃走」という古くからの命題である。

「だから他の分野が変わるのを待つ」というのはもちろん正しくない。ではどうしたらいいか。
いろんな知恵を総動員する必要がある。

大勝の翌日のマリーンズは、拙攻で残塁の山、おまけにリリーフ陣が打たれて逃げ切れないという、悪いパターンだった。2位ファイターズもひどい試合で負けたが。

クラシカ・ジャパンは「20世紀の巨匠たち」でピエール・フルニエのチェロ。なつかしい。

堤未果「政府は必ず嘘をつく」

早瀬晋三さんのブログ書評
http://booklog.kinokuniya.co.jp/hayase/
で取り上げている。
あらためてそれを読むだけで、クライ気持ちになるが、末尾に書いているように、まっとうな若者や子供がいる限り、われわれ大人がひるんではいけない。

学生にさんざん話したことだが、ベトナムのドイモイの開始には、共産党中央の保守派に対して、若手だけでなく、ホー・チ・ミンを直接知る世代の一群の老人たちが反乱を起こしたことが、大きな意味をもったとされる(小倉貞男氏の著作に詳しい)。「ホーおじさんはわれわれに、こんな教条主義的社会主義を教えたのではない」というわけだ。
将来は私も、そういう老人になりたい。

植民地支配をどう理解するか?

「市民ための世界史」第7回小テスト課題は
「19世紀以降の欧米諸国や日本による植民地支配のうち、A.アメリカ大陸やオーストラリア、B.南アジア・東南アジア、C.台湾・朝鮮の3グループについて、それぞれの特徴を説明せよ。支配の善悪を論じるのでなく、支配の方法・手段、その結果おこった「原住民」の運命や植民地の経済・社会・文化的変化などを説明すること」

こういう理解抜きで支配の善悪だけ論争しても、水掛け論にしかならないと考え、力を入れているテーマである。時間の最後に小テストをするのだが、今日の「市民のための世界史III」では、講義がもたついて開始が遅れた上に、いつもよりまじめに詳しい答案を書く学生が多く、最後の学生が答案を提出したのは、終了後ずいぶんたってからだった。

考えるいとぐちとして講義で強調したのは、支配者と被支配者の比率や人口構成だが、「19世紀以降の」というところも注意してもらわねばいけない。
また、経済(秋田茂氏の新書が書いたようなアジア間貿易論やグローバルヒストリーの現在の水準にもとづいて)だけでなく、社会・文化的変化もしっかり書いてほしい。

イギリス帝国とグローバルヒストリー


秋田さんの本(中公新書)が出た。

まだ読んでいないのだが、イギリス帝国におけるインドの位置、そのアジア諸地域との関係などの新しい研究成果を知ることができるだろう。
20世紀のイギリスについても、単なる落日の帝国としてではなく、構造的権力、国際公共財などお得意の概念を使いながら活写しているはずだ。
世界史の授業に使える教材がまた増えた。

生涯学習

大阪府高齢者大学校 http://osaka-koudai.com/2012-curiculum.html
で「世界から学ぶ科」という講座が開かれ、ポスドクのMさんがコーディネートしている。阪大その他関西の大学の若手がつぎつぎ出演して中央ユーラシア史に海域アジア史に世界システム論にと、新しい歴史研究の紹介をしている。博物館などに見学に行き現場でレクチャーを受けるような校外学習や、7月と10月には受講生が討論する「白熱教室」も予定されている。
受講生のブログができている(「高大世界史から学ぶ科 ブログ」 http://07846.at.webry.info/ )のでリンクを張らせていただく。
単発の社会人講座はあちこちでやっているが、通年の講座は歴史教育研究会メンバーにとっても初めての経験で、いろいろ考えさせられる。

いつも言っていることだが、世界も学問も20世紀末に大きく変わり、それ以前の考え方が通用しなくなっている。その前に歴史を習った中年以上の人たちに、新しい歴史の見方を理解してもらうことは、とても大事なしごとである。その意味で、「市民講座だから歴史のエピソードや裏話を紹介しておけばそれだけでよい」という考え方は賛成できない。井上ひさしの精神に立って、難しい理屈も上手に話さねばならない。
プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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