土曜日の公開シンポ

ジェンダー史をよく知らない人に聞いてほしい、他流試合のシンポである。

公開シンポ「歴史認識を変える-歴史教育改革とジェンダー」
日時 平成23年7月2日 13時00分~17時00分
主催 日本学術会議
後援 ジェンダー史学会、史学会、女性史総合研究会、総合女性史研究会、中国女性史研究会、日本歴史学協会、歴史科学協議会、歴史学研究会、歴史教育者協議会、ウィメンズ・アクション・ネットワーク
場所 日本学術会議講堂 会場リンク (http://www.scj.go.jp/ja/other/info.html)
お申込み 定員300人・参加費無料 日本学術会議ウエブサイト申込フォーム
(https://form.cao.go.jp/scj/opinion-0003.html)または、FAXにてお申し込み下さい。(定員に達し次第締切りとさせていただきます。)

プログラム
13:00-13:10 主旨説明
姫岡とし子 東京大学・大学院人文社会系研究科教授 日本学術会議連携会員
13:10-13:40 基調講演 日本の女性史・ジェンダー史研究と歴史認識
長野ひろ子 中央大学経済学部教授・日本学術会議連携会員
13:40-14:00 歴史認識と女性史像の書きかえ-近代日本を学ぶ/教える
 成田龍一 日本女子大学・人間社会学部教授 日本学術会議特任連携会員
14:00-14:20 歴史認識とジェンダー―中国史を学ぶ/教える
小浜正子 日本大学・文理学部教授 日本学術会議連携会員
14:20-14:40 歴史教育とジェンダー―アジアから全体史を学ぶ/教える
桃木至朗 大阪大学・コミュニケーションデザイン・センター教授 日本学術会議特任連携会員
14:40-15:00 休憩
15:00-15:30 コメント
 三谷博 東京大学・大学院総合文化研究科教授 日本学術会議連携会員
  李成市 早稲田大学・文学学術院教授
  羽場久美子 青山学院大学・国際政治経済学部教授 日本学術会議連携会員
15:30-16:50 討論

16:50-17:00 閉会挨拶
桜井万里子 東京大学名誉教授 日本学術会議会員
司会 木畑洋一 成城大学法学部教授 日本学術会議連携会員
姫岡とし子

<お申込み・お問い合わせ先> 日本学術会議事務局企画課公開講演会担当
〒106-8555東京都港区六本木7-22-34 TEL:03-3403-6295/FAX:03-3403-1260
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大学野球の魅力

久しぶりのスポーツカフェが終わって家に帰ると、斉藤を打ち崩してマリーンズが勝っているので気分良し。
ただしサブローのジャイアンツへのトレードはがっかり。二軍から全然上がってこないと思ったら、こういう話だったのか。これはホークスの小久保のときと同じようにジャイアンツにゆすり取られたのか、それともマリーンズ側から厄介払いを?

今日のスポーツカフェ・パシフィックでの、阪大野球部の話は面白かった。高校野球と大学野球との違いから始まって、練習メニューの工夫と苦労、弱小国立大が強豪私立大に勝つパターンなど、M田君とK林君の話しはとてもわかりやすく、受け答えもしっかりしていたので、質疑も盛り上がった。相手の傾向や配球によって外野の守備位置を大きく変えるなど、弱小大学(失礼)でもやっぱりやっているんだ。

舞洲や南港など球場の特徴、投手のM田君の独自のカーブ系変化球、センターのK林君の名門国立大らしい複雑なサインのよる駆け引きの話なども興味深かった。たまたま思いついて、私のCSCDの授業に出席している両君に話を頼んだのだが、正解だった。両君に感謝。皆さん、阪大硬式野球部のHPを見て、観戦にどうぞ。

学生によるリーグ(連盟)の運営のしかた、下部リーグのレベルはかなり悲惨なことなど、私の学生時代の将棋部の経験を思い出させる話もあった。

ブログを始めた当初は以前から考えていたことを次々書いたが、その後は当然、更新回数が減ってきた。書きたいテーマがあっても、開始当初のようにすでに頭の中でまとまっている記事を書くのとはちがい、時間がかかる。
アクセス数はありがたいことに増えているので、7月もへばらずに書かなくっちゃ。

アンコールを攻めたベトナム人?

某紙上でカンボジアのアンコール遺跡探訪記を読む。

有名なバイヨン寺院の塔や浮き彫りのことが書いてある。


アンコール帝国(アンコール王朝と書くことがよくあるが、「岩波講座東南アジア史第2巻」その他に書かれている通り、一つの家系が世襲したものではないので、「王朝」には抵抗がある)の最後の繁栄期を作ったジャヤヴァルマン7世が築いた王都(通称アンコール・トム)の中心にある寺院である。アンコール帝国ではヒンドゥー教を信仰する王が多かったが、バイヨンは大乗仏教寺院である。ただ、どちらも多神教であるヒンドゥーと大乗仏教は根本的に対立するものではなく、東南アジアでは一般に「両方混ざった多神教」がさまざまな土着信仰とともに崇拝されていた。ジャヤヴァルマン7世時代にもヒンドゥー教寺院は造られている。「トップの神様がシヴァ、ヴィシュヌ、ブッダなど何度も入れ替わった」と理解するのがいいだろう(カンボジアの場合、14世紀には帝国の衰退の中で仏教がスケープゴートにされたらしく、大規模な廃仏がおこる)。

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さて、冒頭の記事で「またか」と苦笑したのが、有名なこの浮き彫りの説明。
「カンボジア人や中国人がベトナム人と戦っている場面」だそうだ。2000年に私が訪問してこの写真を撮った際にも、隣の日本人観光客を案内するガイドさんが、「これはベトナム人が攻めてきたところ」と説明していた。
はて、ベトナム(12世紀なら大越の李朝?)がアンコールを攻めることなんてできたかな?

たしかにこの浮き彫りは、1177年にアンコールを襲って破壊した外敵を4年後に撃退して即位し、カンボジアの栄光を回復したジャヤヴァルマン7世を称えたものだが、その外敵というのは現在の中部ベトナムにあったチャンパーだとされている。そのあたりの事情は、拙著『チャンパ』(樋口英夫、重枝豊と共著、めこん、1999年)にも書いた。チャンパーは大きな農業基盤をもたないものの、カンボジアや大越としばしばインドシナ半島東部の覇権を争う強大な勢力をもっていた(14世紀以降に大越に圧迫され、1830年代に最後の王権も解体する)。

ではカンボジアのガイドさんはなぜ、チャンパー軍の浮き彫りを「ベトナム人」と説明するのだろう。
個人的な推測だが、容易に思いつく原因は、近世以降のベトナムの侵略に起因するベトナム人嫌いだろう。チャンパーの主要民族だったチャム人は現在のカンボジアにたくさん住んでいるから、それをおもんぱかって「チャム人の攻撃」とは言わない、という事情もありそうに思われる。逆に「中国人との同盟」という東南アジア諸国で言えないことも多い事柄が平気で言えるのは、「華僑はベトナム人ほど憎らしくはない」からではないか。

余談だが、ドイモイ後のベトナムでは、ベトナム人(キン族)の歴史だけでなく、現在のベトナム領全体の歴史を「国民の歴史」として囲い込もうとする動きが見られ、かつて無視されていたチャンパーの歴史(や先行する金属器文化であるサーフィン文化)もその一部に位置づけられている。その立場から見れば、意外なことに、アンコールに攻め寄せたチャンパー軍を「ベトナム人」(キン族の意味でなく広義のベトナム国民の意味)と呼ぶのは正しいのかもしれない。ただ、チャンパー史が近世以降のベトナム史の重要な源流になった(中部ベトナムのキン族とベトナム文化には、チャンパーの人と文化の系譜を引くものが多い)ことは、チャンパー史が丸ごとベトナム史の中にあったことを意味しない。『チャンパ』や岩波の『海のアジア』で書いたように、チャンパー史という歴史の広がりは、今のカンボジアやタイ、島嶼部東南アジア各地にまたがっていたのだ。

蛇足で高校の先生にいつも話していることを書けば、こういう領域のはっきりしないネットワーク型の国家が東南アジアには多いので、「各国の領土を明瞭に塗り分けた地図」は作れないし、そんなものの暗記を生徒に強制してはいけない。






就職に有利な学部選び?

ある大手新聞の大学受験特集を読む。
不景気なので就職に有利な理系志望者が増えるだろう、といった予測が書いてあった。

文系はその反対で、「(法学部や経済学部はまだいいが)文学部などは就職に役立たない」という固定観念を、マスコミも親も高校の先生もたいていもっている。

だが、東日本大震災と福島原発事故はなにを教えたか?
「今まで通りのコースで学んだ技術屋」「今まで通りのコースで学んだ官僚・ビジネスマン」ばかりでは日本はやっていけなくなる、国内も治まらないし世界の信用も回復できないということではなかったか?
こういう危機の時代に強いのは、決まった枠の「技術」(社会科学系も含む)を身につけた人間でなく、哲学とか歴史とかいう「なんでもあり」の世界から出てくる「ぶっとんだ」人間である。

たとえば、アジアでのビジネスやアジア向けの国際発信をうまくやらなければ今後の日本が立ち行かないことは常識だ。ところが文学部と外国語(国際系)学部以外の学部には、理系・文系を問わず、アジアの現地語ができるビジネスマンや技術者を養成する仕組みは存在しない(英語と、通訳を解した日本語ですべてすむと今でも思っている)。

このお気楽さが、私にはどうしても理解できない。

文学部の側にも旧態依然とした「有用性を主張できない」専攻や教員(だからといって純アカデミズムで世界に通用するわけでもない)が多いのがつらいところなのだが、われわれは「アジアの歴史と文化を理解し、現地語ができプレゼンもしっかりした」卒業生を生み出し続けている。英語やグローバルな現代情勢も最低限の勉強はさせているから、入社後に営業マニュアルとあわせて訓練すればちゃんと使い物になる。だから、われわれの「東洋史学」の卒業生は、修士号取得者も含めて、一部上場企業にどんどん就職している。雇う側から見れば当然である。

こういう点も含め、高校の先生や年配の市民には、「この20~30年で世の中がどう変わったか」を体系的に勉強してほしい。高度成長期や冷戦期の常識でものを考えられては困る。






沖縄戦とアジア太平洋戦争

昨日は「沖縄戦」で組織的戦闘が終わった日。
「市民のための世界史」の講義がちょうど第二次世界大戦にさしかかるところだったので、最初に沖縄の話をした(そのあと思うように講義が進まず、本論が日本の敗戦までいかなかったのが間抜けだったが)。

毎年話すのだが、アジア太平洋戦争が(1)帝国主義国同士(先発帝国主義と後発帝国主義)の戦い、(2)民主主義と全体主義(ファシズム)の戦い、(3)帝国主義と植民地・従属国の民族解放運動の戦い」という三重の性格をもっていたことが、教育現場でクリヤーに教えられていない。それは、歴史認識をめぐる国内・国外両方の水掛け論を解消できない一因になっている。
 *水掛け論というのは、論争の内容が「どっちもどっち」だという意味ではない。論争のやり方がまずいため   に、正当な観点に立つ側が、相手の愚劣な意見をいつまでも粉砕できない点を言っている。

とくに(3)がきわめて表面的・観念的にしか理解・教育されていない点--それは、高校の先生に再三話している、植民地支配の実態が表面的・観念的にしか理解されていない問題と、表裏一体である--を、東洋史および地域研究の立場からは問題にせざるをえない。

その点で、今週見た2つのものを、直接の関係がないにもかかわらず、きびしく批判しておきたい(今までにも何度も話したり書いたことがらなのだが、無名の私の発言など当事者には知られていないだろうから、しつこく書く)。
1.ある学術誌の広告を見ると、「史実 中世仏教」という新刊書が出たらしい。これはいったいどこの国のことを書いた本だろうか。もちろん日本のことなのだが、中世仏教は日本だけにしか存在しなかっただろうか。
私が編集者だったら、「史実 中世日本仏教」というタイトルでなければ出版を認めない。
百歩譲って「日本史専門の出版社の本」ならよいのかもれないが、この出版社は「韓国の民間信仰」という本も並べて広告している(著者は韓国人のようだ)。そういう場所で、「ここは日本だから、中世仏教といえば日本のそれに決まっている」という発想によるネーミングを平気でする人たちに、どうして「つくる会」版の教科書を有効に批判することができるのか、私には理解できない。

2.CSCDの授業で歴史上のさまざまな国家の形態について発表した院生が、都市国家-封建制-絶対王制-国民国家-様々な「国家」へ、という模式図をベースにプレゼンをした。アジアの専制国家はひとことも出てこない。発表したご本人(歴史学専門ではない)には不運だったが、桃木教授の前でそれは、「読売ジャイアンツ万歳」を叫ぶのと大差ない「挑発行為」である。
 ただそれは、東洋史学やアジア研究の外側では、今でも当たり前の事態である。彼女が読んだ社会思想史の概説には、ヨーロッパの国家形態の発展だけが書いてあったのだろう。阪大生協の書籍部では、阪大出版会のコーナーで私の本と並べて造船の世界史の本が置いてあるが、前近代の部分は古代地中海や中世北欧の船が出てくるだけで、ダウ船やジャンクは影も形もない。ヨーロッパ人がそういう国家発展史やそういう造船技術史の本を書いてもしかたないかもしれない。だが日本人がそういう「世界史」を内面化し再生産するのを見過ごすことは、私はどうしてもできない。そういう思考様式では、アジア太平洋戦争の(3)の性格--帝国主義側、民族解放運動側の両方が矛盾に満ちている複雑な関係--を理解することなど望めないからである。

現在の日本では、「自分が差別されている」と感じる女性は少ないそうだ。では男女平等か。そんなことはない。
現在の日本のプロ野球ファンは、「セとパの構造的不平等」を感じることは少ないようだ。では本当に平等になったか。そうではない。
現在の日本では同様に、「日本一国主義(日本特殊論)」も「西洋崇拝」も、以前ほどあからさまではなくなった。だが日本以外のアジアや非欧米世界を本当に平等に扱っているわけでもなんでもない。
 *韓国や中国も「自国に関する一国主義」「アジア軽視」という同様の欠点をもつ。だが日本よりダイナミック  な克服の努力も見られる。

こんなことでは、日本側で歴史認識をめぐる対立の緩和や相互理解を推進することなど、望むべくもない。


今日も朝からうれしいこととがっかりすることの両方が複数あり、気分が揺れた一日だった。
焦るまいと思うものの、年を取ると気が短くなっていけない。

ダルビッシュの完投を見たかったが、中田翔の決勝打がばっちり見られたのでまあよし。
パの人気のためには、ダルが投げて中田が打つという組み合わせを3年間ぐらい見られるといいのだが、ダルがメジャーに行くのをあと2年待ってもらうというわけにもいかないんだろうな。

鉄カフェ+マンガカフェ

昨日は同僚、ポスドクや院生をつきあわせて痛飲。
朝、大学へ行くと昨日の終了時になにかトラブルがあったらしく、USBが1本アクセス不能になっている。
今日送るはずのファイルが入っているので一時大慌て。受信メールには気分が暗くなるものもあり、午前中は「昨日騒いだので、ホーおじさんの罰が当たったか」と落ち込んだが、昼からなんとか立ち直る(基本問題は何ら解決していないのだが、すぐ送るべき書類だけはデスクトップにも保存してあったのを発見した)。仕事がたくさんたまっており、精神的にダウンする余裕などない。

第7局にもつれこんだ将棋名人戦の40歳対決は、森内が羽生を振り切る。将棋で40歳を過ぎてトッププロの地位にとどまるのは困難なのだが、この2人はどこまでやれるか。

夜は鉄カフェ+マンガカフェの合同企画で、「鉄子の旅」の編集長+編集者+メインキャラの横見裕彦さん(国鉄-JRのすべての駅で下車している人)という豪華キャストで満員の聴衆。かつて「男性だけの趣味」だった鉄道を、女性の漫画家に書かせたこの作品の役割を、あらためて認識した。それにしても、私のように「すべての路線に乗る」(駅での乗り降りは起点と終点だけでもOK)だけでもけっこうたいへんなのに、ローカル線のすべての駅で「下車する」というのはオソロシイことだ。編集長の「スイッチバック命」も面白かった。肥薩線や板谷峠は、私も昔、感動した覚えがある。

プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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