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国会議員を男女半々にする運動

こういう問題を「憲法で男女平等と決めてるのだからあとは個々人の意識の問題」として「百年河清を待つ」状態にしている日本のあり方は正当化できるだろうか?
https://parite50.wixsite.com/parite
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変えられない日本を作る人々

古くなった受験勉強の方法で60点取るのも難しくなっているのだが、新しい勉強法に替えようと提案すると「100回入試をやって100回とも満点が確実ではないものは駄目だ」と拒否する人、分からないままで簡単な必勝法(食生活や運動習慣をを変えなくてもこれさえ飲めば短期間でダイエットができます、みたいな)だと思い込んで飛び付き最初の試験で50点が63点に上がっても「なんだこれは、騙された。100点が取れないじゃないか」と怒って捨ててしまう人、そのどちらかの人しかいない、この国?

これに上からの改革指示などの要素が加わると「やってるふり」「お先棒をかついで追随しない他人を叩く」など複雑なパターンが入り組むことになるが、「自分で決める」立場に置かれると、圧倒的多数が上の2つの群に分かれるのではないかな。

コロナが示す日本の位置

昨日の毎日新聞朝刊(大阪本社発行)の2面コラム「時代の風」は、藻谷浩介氏の「新型コロナの危機対応 剛さと脆さ 教訓生かせ」。日本の現金給付などのトロさと、どの欧米先進国より少ない人口あたり死者数、しかしイタリアなみの医療崩壊の懸念などを概観した後、中国・韓国・台湾やベトナム・タイの状況にもふれ、

「欧米よりは断然優秀だが、アジアの先進・中心地域には大きく後れを取っている現実は、アジア蔑視と欧米コンプレックスを併せ持つ人々に、そうした性根の刷新を促している。

よく言ってくれた。

最後は「一連の経緯を見ていると、太平洋戦争時と変わらない、日本人の剛さと脆さを感じる。個人の意識も現場の士気も高い日本社会は、「剛性」(変化に抗して変わろうとしない力)が強い。しかし情報も論理的判断力も乏しい中枢がボトルネック(制約)を放置し、対処は現場の当事者の精神力に委ねられるので、弱いところから崩れて混乱に陥りがちだ。ボトルネックを正せないがゆえに「靱性」(変化に対応し切り抜ける力)が弱いのである。欧米社会は逆に剛性がないが、事態が進んでからの靱性の強さは侮れない。それらに対し、中韓台はその両方をうまく発揮したのではないか。。。

自粛警察だの政権擁護のツイッターだのやってるひまがあったら、こういうことを考えるべきだろう。そのための手がかりや例題は、いくらでもある。

でんでんむしむし

「でんでんむしむし あべそうり おまえのあたまは どこにある 策出せ 金出せ 辞表出せ」
これは教科書に出ている「二条河原の落書」なみの傑作といったら褒めすぎかもしれないが、久々に笑えた。
もちろん、国会で「云々」を「でんでん」と読んだ故事を知らないと十分面白くはないという点に工夫があるのだ。
https://news.yahoo.co.jp/articles/65f39d69e9ea40c9e205f4176a2c233e5328b583?fbclid=IwAR0kvLP5HbR_WfLjqOTtHM4_cvOq3jK9LC4jX_YUkSkplcgdgSgvjYER_RA

将棋名人戦

実際に体を動かすスポーツ(特に対戦型)は無理でも、将棋や囲碁ならオンラインでできそうな気がするが、将棋名人戦延期。残念。

「やり方を変える」ことへの熾烈な抵抗

昨日の毎日新聞朝刊(大阪本社版)科学欄のコラム「坂村健の目」は「自動ハンコ押しロボット」。
未決箱の色々な書類を仕分けしたうえで画像認識して必要な場所に押印できるロボットの開発のニュースについて、「開発力を誇るためにユーモラスな遊びで開発した」商品かと思ったら、「金融機関や自治体などデジタル化が進んでいない業界の押印作業を効率化する狙いで」本気で商品化する狙いだという点を、「こういう機械に需要がある日本という国の状況は心配だ」と述べる。なぜそもそもハンコ主義をやめて文書を電子化するという世界の流れに乗れないのかという話である。

「現場が優秀」はよくいわれる日本の美点だが、結果として文句をいいながらも構造的欠陥を現場の運用の工夫でカバーしてしまい、抜本的改革の必要が表面化しないという傾向がある。それどころか「やり方」を変えたくないとする国民性は確かにある...

大学も同じ。自分が体で覚えたやり方を変えることには、(面従腹背も含めて)熾烈な、本当に熾烈な抵抗が起こる。
理屈で理解する方が楽なことでもそうせずに、苦労して苦労して体だけで覚えるから、やり方を変えることには自分でも説明できない違和感があるのだろう。

しかしこのやり方は、「ガダルカナルの戦い」から「過労死日本」まで負の結果を生む危険も大きいことは、教育にたずさわる者が力を込めて教えねばならないことがらだろう。それを十分認識も言語化もできないような歴史学者や歴史教員がたくさんいる日本と
いう国の状況は、やっぱり心配だ。
プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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