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一つのボールにチーム全員が群がる子供のサッカー

今朝の毎日新聞(大阪本社発行)「ひと」欄は、謝罪行脚を続ける元福島第一原発副所長・増田哲将さん(80)の紹介。

2011年の事故後に自らを「大罪の共犯者」と断じ、謝罪と鎮魂の行脚を続けているのだそうだ。
東電の体質や、自分がそれを改革するには力不足だったことなどにふれたあと、2011年の事故に言及する。
「1号機という一つのボールにチーム全員が群がる子供のサッカーのようだった」。優先順位を自ら判断し、2号機や3号機を守るために人を割り振れば、事態悪化は防げたと感じている。

私もかつて、「一つのボールに全員が群がる」ようではサッカーは勝てないという表現で、みんなが同じことをやろうとする日本の歴史学界・教育界の体質を批判したことがある。全員共通の同じ小さな事をやらせ、完璧に出来た少数の生徒だけにより大きな事や別のことに取り組むのを許すという従来の日本の教育の仕組みからは、こういう事態が必然的に生まれる。
といっても、1990年代からの教育改革が中途半端に終わった結果、現状は「小さなことを完璧に出来る生徒が激減し、大きな事や別の事を考えられる生徒は大して増えていない」という悲惨なことになっているのだと思うが、「まず基礎知識」とかいう歴史教育の発想は、以前のままである。

「1つのボールにチーム全員が群がらない状況をつくる」「ただしそれは、単にサボって立っているメンバーがいるという意味ではない」という教育は、どうやったら広げられるのだろう。
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社会主義時代を知る人間の出番

特定秘密保護法、安保法制に共謀罪、ついでにマスコミの沈黙(次は憲法改定?)とくれば、とりあえず言えることは社会主義体制を知る世代の研究者の出番だということ。

権力側の取り締まりや国民監視のやり方、権力者や体制の腐敗のしかた、権力を出し抜くインテリの活動、いろいろあるんだな。

弱気をくじき強きを助ける...

権力をもたないと生活保護を受けても攻撃される。権力をもてば「腹心の友」と国政や地方財政を私物化しても許される。弱者が自立を強制されて強者が他人にたかることを許される社会とはまた、なんと美しい社会だこと、、、

エープリルフール

忙しくて全然記事が書けない状態が続いている。
これから復活するぞ、と書いても今日はエープリルフールか。。。

開幕戦はいかにもタコにもという負け方。今シーズンも毎度おなじみのパターン?

謹賀新年

遅ればせながら皆様明けましておめでとうございます。
今年一年の、皆様のご健康・ご多幸を心からお祈り申し上げます。

旧正月が来ると丁酉の年が始まります。
過去の丁酉の年を振り返ってみると、どんなことがあったでしょうかね。
1957年、1897年、1837年、1777年、1717年、1657年、1597年、1537年、1477年、1417年、1357年、1297年、1237年、1177年、1117年、1057年、997年、937年。。。

私にとって一番大事件が起こったのは1357年でしょう。この年、大越陳朝の明宗上皇が没して、そこから陳朝は、上皇制、同族婚、一族による重職の独占などの仕組みが崩れて、後戻りのできない坂を転げ落ちていきます(妻の憲慈皇太后が生きていて、上皇権を代行していた1369年まではなんとかもっていたのですが、そのあと内乱やチャンパーの侵攻、それに14世紀の気候変動などで大混乱がおこります)。同時にそれは、「東南アジア的社会」を基盤にした唐宋変革以前のモデルに従う権力の、「近世東アジア的」小農社会を基盤とする唐宋変革以降的権力への不可逆的な移行という意味で、ベトナム王朝史を二分する大変化(「14世紀の分水嶺」)でした。2011年の拙著で専門的に論じたその変化を、「モンゴル戦争の戦後70年における、新しい危機の中での戦後レジームからの脱却」という角度から見直したエッセイが、昨年秋田茂さんといっしょに編集・公刊した『グローバルヒストリーと戦争』(大阪大学出版会)の拙稿です。ちなみに八尾隆生さんが、近世ベトナムの基本法典として扱われた『国朝刑律』の陳朝末期に始まる編纂過程の考証に関連して、14世紀以前的体制の終わり(1470年からの改革で完全消滅)と14世紀に始まる新しい構造の定着についての有益な見通しを示しています。

今年は逆に、その時期(14世紀)まで続いた体制の起源を探る試みとして、李朝期(1009-1226)における唐代官制のローカライズについてなんとかまとめること、あわせて科研(挑戦的萌芽研究)で着手した修史の研究を本格化させることなどが、今年のベトナム史研究の目標です。おっと、日本語では2011年に書いた李陳朝の公田・民田概念の高麗との比較をブラッシュアップして、3月にハノイで開かれる朝鮮史との比較のシンポで英語で発表することも大事な目標です。歴史教育や海域アジア史・グローバルヒストリーでもそれぞれやることが沢山あり、楽ではないのですが、なんとかベトナム史でも新しい成果を出したいと念じる次第です。

皆様よいお年を

年度後半はFBが精一杯でブログもツイッターもほとんど更新できない状況になってしまいました。
つい先日、中教審の学習指導要領に関する答申が公表されました。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1380731.htm
「歴史総合」と「世界史探究」「日本史探究」、それに新型入試など待ったなしで取り組まねばなりません。

だからといって他のことは忘れてよいわけではなく、日本と世界の進路からベトナム史・海域アジア史の研究・教育まで、課題がますます山積みです。学者人生のマラソンの最後の方でロングスパートをかけねばならない状況とでもいいましょうか。なんとかトラック勝負に持ち込むところまで持って行くのが新年の課題なのだと思います。

しんどい話しだけではなく、今年の嬉しかったことも書いておきましょう。
・プロ野球のファイターズの劇的なリーグ優勝と日本一にはしびれましたが、なかでも8月6日にヤフオクドームで大谷翔平が、千賀滉大から打ったホームランをナマで見られたのは感動でした。千賀もすごいピッチャーなんですが。
・ベトナムが原発建設をやめたことも快挙です。
来年も世の中がいい方向に向かい、スポーツその他で感動を与えてもらえますように。

ではみなさまどうぞよいお年をお迎え下さい。
プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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