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グローバルヒストリーの中のベトナム阮朝

グローバルヒストリー・セミナー(海域アジア史研究会・科研「強制栽培制度の比較史」共催)

「極限のナショナルヒストリー」とも言える状況にあったベトナムの歴史学界は、20世紀末からグローバルな関係性を追求する方向に大きな変化を遂げつつあります。その中で現れた新世代のリーダーの一人であるリエムさんに、19世紀阮朝の新しい像を紹介していただくことになりました。現在の領土や国家アイデンティティの原型を確立させた阮朝期をどう位置づけるか、近世後期ベトナムとそれを取り巻く地域の社会経済変動にグローバル/リージョナルな観点から取り組む日本の研究者とどう対話するかなどの点で、興味深いセミナーになると期待しています。ふるってご参加ください。
なお講演は英語でおこなわれます(質疑は英越その他、通訳もあり)。

講師: Vu Duc Liem
(Hanoi National University of Education, University of Hamburg)
コーディネーター: Ohashi Atsuko (Nagoya University)
題目: State and Society in Early Nineteenth Century Vietnam: The Quest for a New History
日時 12月4日(火) 16時-18時
会場 大阪大学文学研究科本館2F大会議室

問い合わせ先
大阪大学文学研究科・桃木至朗
momoki(a)let.osaka-u.ac.jp
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第16回静岡歴史教育研究会のご案内

第16回静岡歴史教育研究会
   
   実現可能な「歴史総合」を考える
――近代化・大衆化・グローバル化の検討――

報告者  岩井 淳 (静岡大学人文社会科学部)
    「近代化」から考える「歴史総合」
     君島 和彦 (東京学芸大学名誉教授)
「大衆化」から考える「歴史総合」
     油井大三郎 (東京大学・一橋大学名誉教授)
「グローバル化」から考える「歴史総合」

司 会 戸部健・貴田潔 (静岡大学人文社会科学部)
日 時 2018年12月15日(土)14:00~18:00
会 場 静岡大学人文A棟6F大会議室・入場無料
http://www.shizuoka.ac.jp/access/map_shizuoka.html

今回の研究会では、「実現可能な「歴史総合」を考える」という
共通テーマを設け、岩井および君島先生・油井先生という三名が
報告します。君島和彦先生と油井大三郎先生は、以前から「歴史
総合」と深くかかわり、高大連携歴史教育研究会でも貴重な発言
を続けています。2022年から高校の必修科目として導入される
「歴史総合」に関心ある皆さま、ぜひともお越しください。

主催:静岡大学人文社会科学部学部長裁量経費「歴史教育の地域
的基盤を構築する教材・教授方法の探究と高大連携の継続」、
静岡歴史教育研究会

問合せ先:岩井 淳(静岡大学人文社会科学部)YQS02036(a)nifty.com

東アジアの中の国風文化

うう、この週末はベトナムに行ってる。ぐすん。
ベトナムの方も「13世紀の世界を背景としたバックダン河の戦いと陳朝」国際会議に招待されたので、行かないわけにいかないのだが。

【近世史フォーラム12月例会のご案内】
◇日時:2018年12月22日(土)15:00~17:00
◇会場:大阪市中央公会堂 第8会議室
    http://osaka-chuokokaido.jp/map/
◇報告
 河上麻由子氏「東アジアの中の国風文化」
 〈参考文献〉
  西村さとみ「唐風文化と国風文化」(『日本の時代史5 平安京』吉川弘文館、
2002年)
  西本昌弘「『唐風文化』から『国風文化』へ」(『岩波講座日本歴史』5、岩波
書店、2015年)
  佐藤全敏「国風とは何か」(『日本古代交流史入門』勉誠出版、2017年)

☆今後の例会予定
 1月例会:2019年1月25日(金)夕方、於大阪、澤井廣次氏報告
 2月例会:2019年2月23日(土)夕方、於大阪、桐田貴史氏報告
 3月例会:2019年3月24日(日)午後、於津、太田光俊氏報告

シリーズ日本の中の世界史

イメージ (132b)
シリーズの第1冊として南塚信吾著『「連動」する世界史 19世紀世界の中の日本』(岩波書店)が出た。

高校「歴史総合」などもにらんだ企画だろう。池田忍、木畑洋一、久保亨、小谷汪之、南塚信吾、油井大三郎、吉見義明の7人がそれぞれ1冊づつ出すそうだ。

本書の章立ては
プロローグ--「連動」する世界史
第I章 変革の時代-世界史の中の幕末・維新
第II章 「国民国家」の時代--世界史の中の明治国家
第III章 帝国主義の時代--世界史の中の日清・日露戦争
エピローグ--「土着化」する世界史

本シリーズの特徴は、著者陣の中で「日本史学」の専門家が少数だということである。
「日本対外関係史」を除けば学界では「日本史」と「世界史(=外国史)」は棲み分けてお互いの縄張りを荒らさない(→「世界史」の中には日本は申し訳程度にしか出てこない)というのがこれまでの通例だったが--そう書くと怒る専門家もいるだろうが、大勢が宋であることを否定するのはとても難しい--これはそういうタブーを犯して日本史以外の専門家が日本史を含む世界史を書いてしまおうおうという企てであろう、海域アジア史や世界史教育で同じ試みをおこなってきた人間として、とても喜ばしい。

ただし日本史の多数派(「主流派」でない「多数派」だというのが中世史のT先生の表現)にこういう著作が理解されるかどうかは、なかなか簡単ではないだろう。なにしろ「日本の日本史」はいかなる「日本の外国史」より研究の層が厚く、先行研究を正確に押さえることは--日本語で読めるという利点があるにせよ--とても難しい。また日本史学界は時代別・テーマ別などの講座・展望類を出すことに熱心だが、それがスタイル、内容、ボリュームなどどこを取っても、基本的に「日本語ネイティブの日本史専攻者」以外の読者を想定していない点が、巨大な障害を作りだしている。

ということで日本史専門でない学者の著作を日本史専門家が読むと、「なんだこの不正確な記述は、全然わかっとらん」という違和感が必ず湧き出るだろう。問題はそこで本を置いて「以後無視する」となることである。
これはもちろん日本史専門家だけの問題ではない。日本史研究者が対外関係史や比較史などで外国のことを書くと同様に不正確な記述が混じることは避けがたい。「これだから世界を知らない日本史研究者は」といった批判も浴びがちである。お互い様であって、両方が相手の理解につとめるべきなのだが、問題が日本では「日本史」と「外国史」の関係は不均等だという点にある。研究者や学生の数、出版界やマスコミでの扱いなど、すべてはっきりとした不均衡がある。
相互関係が不均等なもの同士が「平等に」競争し「平等に」結果責任を負うという思想は、現在の新自由主義をはじめ歴史上で枚挙に暇がないが、それでいいのだろうか。

日本史についての誤解・曲解はこういう外国史研究者による者に限らない。今話題の『日本国紀』など学界外の著者・論者によるものは、より深刻な問題を作りだしている。要するに外国史研究者やアマチュアなどの「よそ者」が問題を起こしているわけである。
ただそれに対し、「これだから素人は困る」と冷笑するだけでいいだろうか。
それは結局、外国人の観光客や労働者が示す日本文化に反する振る舞いお粗末な日本語に対して怒りながら、他方で「日本文化の奥ゆかしさはしょせん外国人にはわからない」「日本語は難しいから外国人にはわからない」などと平気で言って、「わからないならわかるまで教えよう」とは夢にも考えない人々と同じことをやっているのではないだろうか。

私がいくらそう言っても、動かない日本史専門家がたくさんいる。もちろん私の働きかけも下手なのだが、ベトナム史の何百倍も教員ポストを持っている日本史がどうして動かないのだろう。見ていられなくて、私は(1)日本史の先端研究が届いていない相手への普及活動、(2)せっかくの研究を世界の中に位置づけられないでいる日本史専門家への口出しなどのかたちで、日本史を語ってきた。今回の著者陣も同じ感覚を共有しているに違いない。対外関係史以外の日本史学界がこれに答えないようでは歴史総合の失敗は必至である。その先に待つ外国史だけでなく日本史学界にとっても悲惨な政治的・経済=社会的な光景を、私は見たくない。

※日本社会の欧米崇拝、アジア軽視、中でも東南アジア軽視などの問題と歴史学界・教育界の責任についてはここでは書かない
でおこう。日本史の責任はそこでも看過できないが。




妹尾達彦氏のグローバル・ヒストリーを読む

 断続的に読んでいた妹尾達彦さんの『グローバル・ヒストリー』(中央大学出版部)をようやくほぼ読了。大量の参考文献に圧倒される。都市・環境と交通を重視した妹尾さんらしい議論が勉強になる。西アフリカに焦点を当てたあたりもさすが。

 全体のストーリーは岡本隆司さんとの共通点もいくつか見られる。ただ、両者とも近世~近代の世界史を具体的に叙述しない点は疑問がある。これは著者の意図するところと逆に、古いタイプのヨーロッパ史像を温存/再生産する危険がある。読者に、その時代の歴史像そのものが従来のヨーロッパ中心の世界史とは全然違ったものになっている点の叙述は、ヨーロッパ中心史観を乗り越えるためには必須だと私は考えるのだが(そこを抜きにして古代中世のアジアの中心性・先進性とヨーロッパの辺境性・後進性、近代ヨーロッパの侵略性と破壊性やその近代化の偶然性を言っただけではヨーロッパ中心史観に対する十分な批判にならないことを、妹尾さんは理解しておられると思いたい)。初期国家・近代国家など国家の説明もイマイチだ。
 もう一つ、ご自分でことわっておられるが、島の世界の位置づけがない。それは意地悪くいえば、日本やイギリスをわからなくしていないか。陸と海(内陸と沿海)の対比だけでカバーできない問題がそこにあるように思う。日本の天皇制が中国との対峙のなかで形成されたという説明はさすがだが、近世日本の古い「鎖国」イメージとは違った激動などの叙述がないため、大陸や世界宗教の普遍性を拒む日本の特殊性を否定的にとらえる昔ながらの論理(それへの反発が歴史修正主義の強力な基盤になっていないか)に読者をミスリードする危険が小さくないと感じる。

 あとは小さいことだが、妹尾さんにしては東南アジア史の叙述が不充分・不正確なのは、岩波講座東南アジア史や平凡社の東南アジアを知る事典などを他分野の研究者にも読んでもらおうと思って編集に関わった人間としては残念。東南アジア港市と港市国家(シュリーヴィジャヤ・三仏斉など)の理解は特に問題が多い。港市の立地(河川港が多い)と後背地の密接な関係に関する一連の議論を参照してほしかった。東南アジアの歴史書としてベトナムのものしかあげない点と合わせ、石井米雄、深見純生、弘末雅士、青山亨などいろいろな研究と概説・事典項目があるのを参照・確認することは出来なかったものか。妹尾さんが書いてくれなかったら、他地域の専門家が東南アジア史を「無視」でも「古い知識でいい加減なことを書く」でもなく適切に位置づけて世界史(近現代史だけでないもの)を書くことは、日本では当分期待できないと悲観したくなる。

奈良歴史研究会12月例会のご案内

木下光生さんからの案内

◇日時:2018年12月6日(木)18:30~20:30
◇会場:奈良市ならまちセンター 会議室2
    奈良市東寺林町38  ℡0742-27-1151
    近鉄奈良駅より南へ徒歩約10分、猿沢池の南側
    http://naramachi-center.org/

◇報告:葛本隆将氏
    「中世西大寺流律家の末寺編制原理(仮)」
 〈参考文献〉
  松尾剛次「西大寺末寺帳考」(『勧進と破戒の中世史』吉川弘文館、1995年)
      「中世律僧とは何か」(『日本中世の禅と律』吉川弘文館、2003年)
  大石雅章「興福寺大乗院門跡と律宗寺院」(『日本中世社会と寺院』清文堂、
2004年)

☆今後の例会予定
 1月例会:2019年1月9日(水)18:30~、泉田邦彦氏
      ※いつもと曜日が異なります。


【奈良歴史研究会11月例会のご案内】(再送)
◇日時:2018年11月16日(金) 18:30~20:30
 ☆ご注意!! いつもの曜日と異なります。
◇会場:奈良市ならまちセンター 会議室2
    奈良市東寺林町38  ℡0742-27-1151
    近鉄奈良駅より南へ徒歩約10分、猿沢池の南側
    http://naramachi-center.org/
◇報告
 塩原佳典氏
 「幕末維新期における松本地方の医療環境
     ―病院・医学校をめぐる「公」の行方―」
 〈参考文献〉
  塩原佳典「1879年コレラ流行と公立病院―長野県松本地方の医療環境―」
     (『地方史研究』390、2017年)
  高岡裕之「近代日本の地域医療と公立病院」(『歴史評論』726、2010年)
◇資料代:300円
プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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