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センター入試の「出題ミス」

センター世界史の「出題ミス」。
あれは「みんなが覚えている中国の王朝名(たとえば「後漢」)はだれが付けた名前か」みたいなアクティブラーニング課題に広げる方向で解決すべきだろう。
※「歴史の公式」16番「教科書(歴史叙述)に用いられる用語には史料用語(当時のor当事者の用語)と後世の研究者の用語が混在するが、どちらか一方に統一することは不可能である。複数の観点が対立するような場合には、そこでも複数の呼び名がそれぞれ使われることがある。それらの場合にどの用語・呼称を選ぶかには、執筆者の歴史観が反映する(例:「大東亜戦争」「太平洋戦争」「アジア太平洋戦争」のどれを使うか)」に当てはまる例である。

ちなみに宋までの中国王朝は、始祖の即位前の封地などの「旧国名」(中国の場合はたいてい春秋戦国期の)を王朝名にしている。したがって、時代などの限定をしないと間違われるおそれがあると言い始めたら、唐や宋も限定無しでは出題できなくなるのだ(しかしたとえば時代で限定すると、唐や宋の時期を問う設問は出せなくなる)。そして、「後漢」「後周」「北魏」「南唐」などはすべて、後世の学者(たとえば正史編纂者)が付けた名前であって、その王朝自体はすべて「漢」「周」「魏」「唐」を名乗っている(例外はそういう教養がなかったヌルハチの「後金」)。こういう「中国史の基礎知識」無しで今回の問題にツッコミを入れるのは、無教養のそしりを免れない。

それより深刻なのは、その選択肢を含んだ小問である。世界史上の文化についての大問の、パルテノン神殿を題材にした中問のなかで「制度」についての小問を出し、全くバラバラな時代・地域の制度についての選択肢を並べている。近年の世界史はこういう問題が目立つが、これは今後の教育が目ざす「使える力」に真っ向から反対する最悪の出題パターンだろう。
リード文中の固有名詞に下線を引いて、それに関係ある事項を問うならわかる(たとえば王名に下線を引き、その王の事蹟を問う)。関連事項を思い出す能力は大事である。
しかしリード文中で文のテーマとは無関係な「都市」だの「政策」だのいう普通名詞に下線を引いて古今東西なんでもありの選択肢を並べるのは、「世界史で覚えた全ての用語(3000? 4000?)を自由に思い出す能力」を問う以外の意味が見いだせない。そして、そういう能力が大学での学びや市民・国民の生活に、また専門家の研究にも必要だとは思えない。そういう出題を余儀なくされるテクニカルな事情は知っているし、私の立場上、(日本社会では)あまり敵を作るような発言はすべきでないとわかっているが、こういう出題だけはしたくない。

今回の世界史問題全体は、上の意味で深刻である。新指導要領への強烈な皮肉だろうか。「概念が大事」といってきた私も、この事態の責任を取って出家でもすべきだろうか。
各中問にことごとく普通名詞(概念)に下線を引いた出題が含まれているのは、多分「事実用語の削減」「概念重視」を意識したものだろう。しかし方向が真逆だ。
今年の出題はその普通名詞や概念(そもそも下線○○に関連して××について、とかいってずいぶん下線の語とは違った話を聞く問題がいくつもある)について、関連する事実を(古今東西すべての暗記事項の中から)尋ねるものばかりである。「概念のもとになった事例を思い出す」能力はたしかに必要だが、その多くはスマホで代替できる。もっと必要なのは、プレテストで複数あったような概念そのものの理解を問う設問である。それは現状では「教員がわかっていない」から出題しにくいのだが、普通に教えれば普通に答えられるものも少なくない。「荘園制」「幕藩制」など日本史固有の概念の多数はそうして教えられている(ただし日本史は「国民国家」など歴史の一般概念を完全無視している点が大問題)。高校・大学双方で「概念恐怖症」をなくすための、歴史というよりもっと広い「科学論」みたいな基礎教養の教育が求められるゆえんである。

センター入試には各科目の出題内容以外にも私の精神が耐えられないことがらが複数あって、監督などしているとすごく精神状態が悪くなるのだが、世界史のこのタイプの出題も、私にはダメージが大きい。

もうひとこと。今回の「魏」の問題がミスだと認められるということは、歴史においては学界の常識よりも教科書記述の有無や内容の方が正解、不正解の基準として優先されるという奇怪な事態である。そこでは、一度教科書(某社の)に載った記述は、いくら専門家が新しい知見にもとづいて訂正しようとしても、その分野の専門性を持たない人々(やその分野の専門家だが教科書や入試問題の作り方を分かってない人々)によって拒否されることがままある。けだし、理系の人々にそんな科目は役に立たないから潰せと言われても自業自得でないだろうか。
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大阪大学歴史教育研究会第126回例会のご案内:歴史教育における「問い」

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
阪大歴教研の新年の例会は新しい教育における「問い」の意味と作り方を、「豪華二大スター共演」という感じで報告していただきます。ふるってご参加ください。

【大阪大学歴史教育研究会 第126回例会】
 日時:2020年1月25日(土) 13:30~17:30
 会場:大阪大学豊中キャンパス文学研究科本館2階大会議室 地図
※通常の例会とは開催週が異なります。ご注意ください。

【1】佐藤浩章(大阪大学全学教育推進機構教育学習支援部准教授)
「探究学習における問いの意義と問いづくりの方法」

(要旨)文科省の学習指導要領解説において、探求学習のプロセスは「課題の設定→情報の収集→整理・分析→まとめ・表現」とされている。しかしながら、これは課題解決学習(Problem-Based Learning)のプロセスであり、探究学習(Inquiry-Based Learning)とは異なるように思われる。探究学習のプロセスに不可欠なのは「問いづくり」である。本報告では「リサーチ・クエスチョン」の立て方の指導方法を紹介すると同時に一部体験をしてもらう。また、関連する用語の整理もあわせて行う。


【2】皆川雅樹(産業能率大学経営学部准教授)
「歴史教育における「問い」のポテンシャル」

(要旨)高等学校の次期学習指導要領における歴史科目では、生徒による「問い」の設定が明示されている。歴史教育における「問い」とは?そもそも「歴史教育」とは?これらを改めて考える契機として、2019年末に前川修一氏・梨子田喬氏との共編著で『歴史教育「再」入門』(清水書院)を刊行した。今回の報告では、これまでの「アクティブ(・)ラーニングブーム」について振り返りつつ、これからの歴史教育の立ち位置について、「問い」の設定を中心に、現段階での私見の提示を試みたい。



*出張依頼書等が必要な方は、その旨ご連絡ください。その際、併せて文書の宛名と送付先をご教示いただければ幸いです。
*今後の大阪大学歴史教育研究会からの案内送信が不要な方は、折り返しお知らせください。

それでは研究会にて皆様とお会いできますことを楽しみにしております。




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大阪大学歴史教育研究会事務局
E-mail: rekikyoken(at)gmail.com
HP: https://sites.google.com/site/ourekikyo/

東南アジアにおける中国のプレゼンスの捉え直し:国際会議のペーパー募集

CALL FOR PAPERS | SUBMISSION DEADLINE: 10 JANUARY 2020

Crossing the River by Feeling the Stones:
Alternative Imaginaries of China’s Presence in Southeast Asia in Contemporary Contexts

Date : 27-28 May 2020
Venue : Asia Research Institute, National University of Singapore
AS8, Level 4, 10 Kent Ridge Crescent, Singapore 119260
Website : https://ari.nus.edu.sg/events/crossing-the-river/



China’s rapid rise in the last few decades has (re)shaped its international relationships with many countries through trade and investment, especially in Southeast Asia where the Chinese engagement has arguably been the most intensified. China and Southeast Asian countries have a long history of connections through migration, trade, religious and cultural exchanges, and diplomacy, and Southeast Asia further provides a sea corridor for China to reach out towards Europe and Africa (Lin et al. 2019; Oliveira et al. forthcoming). In recent years, popular media have largely focused on China’s presence in Southeast Asia, especially the Chinese government’s recent “Belt and Road Initiative” (BRI) (such as South China Morning Post; Sydney Morning Herald; The Straits Times). The emergence of the BRI and the associated infrastructural development in Southeast Asia has also seen academic scholarship interest in studying China and Southeast Asia’s connections via BRI (Gong 2018; Liu and Lim 2018). Such BRI connections matter for Southeast Asia in current and future contexts, but it is also issues beyond simply recent BRI associated developments that has seen Southeast Asia being pushed in uncertain and new directions with its engagement with China. Communities and states in SEA have to ‘feel’ their way forward in the midst of the Chinese ‘currents’ with alternative imaginaries (therefore “Crossing the River by Feeling the Stones”). In this light, this workshop wishes to engage the possibilities of exploring China and Southeast Asia’s alternative connections that both precede and exceed the BRI in the contemporary contexts (particularly 1945 onwards).
The workshop seeks to move beyond BRI-centred China-Southeast connections by uncovering alternative local perspectives of the Chinese relationships at subnational, national, and transnational levels. In doing this, we expand on earlier research by not just focusing on the bottom up local perspectives (cf. Nyiri and Tan 2017) but also engaging state discourses in Southeast Asia in light of China’s interactions with the local Southeast Asian state authorities. By focusing on both the bottom up and top down processes and their convergences, this workshop will move beyond the binary between the state and the non-state in economic, social, and political formations that concern China and Southeast Asia’s relations.
In addition to this concern with multiple standpoints, this workshop also focuses on how both recent intensification and various historical sources (post-World War II) contribute to producing “alternative imaginaries” that are different from and slightly outside BRI-related narratives in Southeast Asia. We will unpack these processes of producing these alternative imaginaries in times and spaces that are not directly associated with the BRI and their implications to contemporary and potentially future socio-economic, cultural and political dynamics in Southeast Asia.
We invite papers that focus on alternative ways of interpreting and engaging various Chinese activities from individuals to institutions at the local, bilateral and regional (such as ASEAN with China) levels in both mainland and island Southeast Asia. Contextually grounded papers that examine China and Southeast Asia’s interactions from innovative empirical, methodological, and theoretical approaches are particularly welcome in the following areas:
• Chinese foreign policies and diplomacy engagement (Tracks I and II) in Southeast Asia from the Cold War period till present
• Economic development in special economic zones (SEZs), cross-border trade, real estate development, infrastructural mega-projects
• Transnational religious networks, cultural heritage, and tourism development
• Migration between China and Southeast Asia and the impact of migrant communities on shaping local ethnic and cultural identities and vice versa.
• Ethnic minorities and other marginalized groups in Southeast Asia and their engagement of and resistance to Chinese development in their daily lives.


SUBMISSION OF PROPOSALS

Paper proposals should include a title, an abstract (250 words maximum) and a brief personal biography of 150 words for submission by 10 January 2020. Please note that only previously unpublished papers or those not already committed elsewhere can be accepted. The organizers plan to publish a special issue with selected papers presented in this workshop. By participating in the workshop, you agree to participate in the future publication plans of the organizers. Hotel accommodation and a contribution towards airfare will be provided for accepted paper participants (one author per paper). In developing the proposal, it is important to show how your specific case explicitly relates to one or two of the suggested themes of the workshop.
Please submit your proposal using the provided template to Ms. Valerie Yeo at valerie.yeo@nus.edu.sg. Notifications of acceptance will be sent out by 31 January 2020. Participants will be required to send in a completed draft paper (5,000 to 7,000 words) by 30 April 2020.


WORKSHOP CONVENORS

Dr Yang Yang | Asia Research Institute, National University of Singapore
Dr Shaun Lin | Department of Geography, National University of Singapore
Dr Darren Byler | Center for Asian Studies, University of Colorado – Boulder

Valerie YEO (Ms) :: Assistant Manager (Events), Asia Research Institute :: National University of Singapore :: AS8, #07-01, 10 Kent Ridge Crescent, Singapore 119260 :: + 65 6516 5279 (DID) :: +65 6779 1428 (Fax) :: valerie.yeo(a)nus.edu.sg (E) :: https://ari.nus.edu.sg (W) :: Company Registration No: 200604346E

戦後中国史学の達成と課題

『歴史評論』1月号(通巻837号)の特集。
岸本美緒さんの総論と古代国家史研究、六朝~隋唐期の「共同体」論争、宋代郷村社会論、明清時代の地域社会論の4つの各論からなる。

これも途中までしか読んでいないのだが、「現場へ行けない」条件下で「日本国民のために」行われた議論であったことが特集全体で踏まえられてはいないようだ。

もう一点、古代と南北朝~隋唐の両方で使われた「共同体」という用語というか観念。学生・院生時代にいくら聞いても、私は中国史の共同体という観念が理解できなかったのだが(大塚久雄の共同体の基礎理論の方がまだしも理解できた)、これは単に私が不勉強で頭が悪いというだけではなく、当時の中国史での使い方が不適切だった面があると、今では考えている。当時でも「共同体」と「共同態」という言葉の区別はあったはずだし、その後は「ソシアビリテ」「公共性」「公共空間」などの用語も一般化した。当時の研究者が人々の結びつきを希求したのはよくわかるが、それを「共同体」と呼び続けたのは安易ではなかったか。

戦後歴史学の全否定はもちろん正しくない。「らせん状の発展」の法則からいって、やっぱり以前の見方が正しかったとなる段階が来ることも念頭に置かねばならない。しかしせっかくの史料状況や調査条件の好転(ただし今後の暗転が心配)を、古い理論枠組みや用語法そのものに流し込むのは感心しない。「らせん状発展」は上から見れば「以前と同じ」だが「横から見れば別の物」である、といった「弁証法の基礎」を忘れると「年寄りが昔を懐かしむ」だけに終わる。

脱線だがそういう点で、先々週に近著の合評会があった中村哲先生(1931年生まれ)が2010年の論考で初めて少子高齢化や近代家族とジェンダーの問題をご自分の(東アジア)資本主義論に組み込んで語られたようなあり方(その論点は、この日曜日にジェンダー史シンポで聞いた落合恵美子さんたちの家族研究とも十分対話が可能と思われる。両者に共通するアジア諸国の研究者との長期にわたる深い共同研究の組織という面も見のがせない)こそが、戦後中国史学や戦後歴史学を今に活かす道だろう。


ジェンダー史シンポの収穫と争点

先週末のジェンダー史シンポで最大の収穫(私やその仲間にとって)は、グローバルヒストリーが敵視の対象でなく「入っていってジェンダー化する」対象として語られたこと。「グローバルヒストリーは個人が見えない」「グローバルヒストリーは自国史と対立する」などおなじみの議論に対する積極的な反対意見が交わされたことは、嬉しいオドロキだった。

他方、落合恵美子さんがアジア諸国間の比較について話された、(1)東アジア近現代の家族主義は近代家族モデルによるもので、「伝統的な家族主義」とされるものは近代化の過程で創られた伝統である、(2)日本の「家」は双系制であるなどの論点は、背景にある共同研究の方法が非常によく出来ているので説得力があるが、それにしても意見が割れるところだろう。(1)は現在の保守派などが思っている「伝統的な家族」はもちろん創られた伝統に違いないが、前近代史の専門家としてはそれが創られる歴史的基盤、「近世化」した家族の近代家族への連続性なども重視したくなる。東アジアのネーションを前近代との断絶と見るか連続性を重視するか、近現代のアジア間貿易をウエスタンインパクト後に再編されたものと見るか近世との連続性でとらえるかなどと同じく、これも近世と近代の関係をどう見るかに関する「永遠の論争」のテーマだろう。(2)も日本の家が中国の宗族などと比べて双系制的要素をもつことは間違いないが、父系制でなく双系制と見るのは、双系制の定義ないし用法を広げすぎのようにも思える。

いずれにしてもたびたび書いてきたように、現代東アジアの家族の変容と少子高齢化の問題は、歴史教育[日本とアジア・世界をつなげて学ぶ歴史]と結びつけるべき現代的課題の中でも最重要なものの一つだろう。そのことを意識する中年以上の男性研究者・教員が少ない点、そもそも中年も若者も男も女も東アジアの文化や社会を知らなすぎる点は、ぜひとも改善しなければならない。おりしも発表された日本のジェンダー格差指数のいよいよ悲惨な状況が、せめて刺激になるといいのだが

歴史の公式

大学入学共通テストで出題したい歴史の公式:権力(者)の行動には必ず公共の利益を図る部分と私利私欲を満たそうとする部分があり、どちらか一方だけと解釈するのは客観的とは言えない。2つの面の組み合わせやバランスがよい政権は安定する。

マルクス・レーニンその他、この2つの面の関係、どちらが主であるかなどをめぐって論争があるが、ある物事が同時に複数の側面をもつことを理解する材料としては、とても役立つ公式だろう。
プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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