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大阪大学歴史教育研究会3月例会のご案内

前日の「最終講義」(案内とオンラインの申し込みは阪大文学部HPへどうぞhttp://www.let.osaka-u.ac.jp/ja/research/community/FinalLecture/20210312)に続き、歴教研の例会でも退職前最後の報告をさせてもらう。といっても歴教研は4月以降も出席しますが、院政は敷かないように努力しますw。
最終講義「東洋史学・地域研究・グローバルヒストリー~あるベトナム史学者の自己形成と自己表現~」では研究者としての私の歩みに焦点を当て、教育については歴教研の方で話そうと考えています(要するに最終講義を2コマやろうという図々しい計画?)。ただし両者に共通するのが「教養」ないし「言葉と学知のOS]のアップデート、そこでの歴史(学)の位置などです。お暇な方は両方聞いていただくと「あいつはなぜ、何を考えてああいうことをやってきたのか」の全体像らしきものが見えるのではないかと思います。

当日の報告をお願いした小林さんは、私のCSCD(コミュニケーションデザインセンター)時代の同僚で、のち阪大副学長もされた方です。もともと理学部出身、科学技術社会論の専門家ですが人文・社会系に造詣が深く(→学術会議問題での人文・社会系の視点を踏まえた奮闘)、阪大の高度教養教育の設計に大きな貢献をされました。当日は現代社会に必要な教養、「専門家」「知識人」と市民社会との関係、異分野との協力や他流試合のやり方などを縦横に語っていただき、歴史教育の今後の方向性をめぐる多層的で動的な議論を「一部の先進的教員」だけのものでなくする方法をさぐりたいと思います。

【大阪大学歴史教育研究会第133回例会のご案内】
日時:2021年*3月13日(土) *13:30~17:30
会場:ウェブ開催(ZOOM使用)
*※通常の研究会とは開催週が異なりますのでご注意ください。*

小林傳司(大阪大学名誉教授、科学技術振興機構社会技術研究開発センター上席フェロー)
桃木至朗(大阪大学文学研究科教授)
*「抽象論と個別事情の迷路から抜け出す方法~「言葉と学知のOS」から考える新しい歴史教育」*

(要旨)近年の改革をめぐる教育現場の議論は、高大どちらを見てもしばしば(人文系では特に?)、「何のための改革か」のような抽象的・一般的な議論と、個々の学校や科目・入試の「現実」しか考えない議論・行動の間で迷路に入り込んでいないだろうか。その背景を探ると、知識と考え方の関係、教科・学問分野ごとの目的・方法の違い、入試の公平性、それらを議論する言語表現等々をめぐる認識がかみ合わないために、改革をめぐる議論の積み重ねを追体験しながら、新しい研修や批判的実践のステップを上がって行くことがうまく出来ないケースがまま見られる。教員などの「専門家」だけでなく、生徒の親などの「一般市民」やマスコミも似たようなものではないか。となるとそれは、歴史教育や教員の養成・研修だけの問題ではなくなる。そこで今回は、中等・高等教育が全体として涵養すべき学問・認識の一般的土台(たとえば大学の教養課程--学部高学年・大学院向けの「高度教養教育」を含む--が扱うべきもの)という角度から、新しい歴史教育のあり方や役割を議論してみたい。回り道のようだがそこで頭の整理が出来れば、あちこちに転がっている「コロンブスの卵」が見えるようになり、改革への対処は単純な苦役ではなくなるだろう。

この例会は新型コロナウイルス問題に鑑みZOOMを用いて開催することになりました。
そこで、参加者や人数などを把握するため、ご参加を希望される方には事前のお申し込みをお願いしたく存じます。

*研究会ホームページ(https://sites.google.com/site/ourekikyo/
)より、事前のお申込みをお願いします。*
*開催週の木曜日(3月11日)**までにお申し込みいただいた方には、**翌日の金曜日にミーティングIDとパスワードをお送りします。*
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学問の自由

学術会議会員になれなくても研究はできるだろうという意見は、中国では信教の自由が法律上認められている(事実である)からキリスト教徒やイスラム教徒は問題なく暮らせるという、中国当局の理窟と共通の論理構造に見える。

もちろん今回の問題を理解するには、日本国憲法のもとの法体系が建前上でもとづいている天賦人権論や社会契約説などの思想(そこれは法の役目として「国家を縛る」ことが求められる)と、現政権も明らかに拠っている「法は愚昧な民を縛るためのものだ」という中国的法思想の対立があることを見ねばならない。

「日本と世界が出会うまち・堺2020」の代替開催について

皆さん、お久しぶりです。暑さでへばっていたダオ・チーランです。
ずいぶん涼しくなったので、FBだけでなくブログにも記事をアップしたいと思います。
さて、毎年恒例の中高生の研究発表会「日本と世界が出会うまち・堺」の今年度の会(11月15日)は中止が決まっていますが、代替イベントを大阪大学歴史教育研究会でオンライン開催することになりました。詳しい案内は同会ホームページに出ますので、皆さんぜひご参加ください。

世界史教育と専制権力への歯止め(3)

世界史教員が語句だけでなくその意味するところをしっかり教えるべき事柄の例:孫文の「五権憲法」に監察と考試がなぜあるか。それは歴代王朝のシステムをいかに受け継いでいるか。
(ヒント)近代的な意味での三権分立を保証しない(行政権がすべてを従属させる)国制のもとで、権力の腐敗や無能な人間の世襲をそれなりに防ごうと思ったらどんな仕組みがありうるか。
(発展課題)それは現在(2020年5月現在)の日本の政治状況について何を警告もしくは示唆するか。
#検察庁法改正案に抗議します。
え、これを書くのはここじゃない?

世界史教育と専制権力への歯止め(2)

民主主義は常に暴走の危険をもつ。それに対する歯止めの一つが法治主義である。いかなる多数決も法律を無視したりねじ曲げることは許されない。それを押さえつけようとする(法律を自分に自由を与え民を縛るためだけに利用する)政権は「専制」とかdictatorshipとして批判される。
(世界史探求の課題)「東洋的専制」概念について、それを「アジアの実態」「ヨーロッパ知識人が創り出した架空の他者像(なぜ必要だった?)」の両方の面から考察せよ。

世界史教育と専制権力への歯止め

専制的国家権力に対する歯止めとして、ヨーロッパや日本でソリッドな仕組みとして、インドや東南アジア・中国ではもっとゆるやかな仕組みとして歴史的に機能してきた原理に、「中間団体(社団)の法的・制度的・慣習的な自律」と「諸団体の連合・協議体としての国家」という原理がある。「ファシズム」や「社会主義国家」や「開発独裁」も、それを翼賛装置に組み替えることではじめて安定的な仕組みたりえたケースが多い。

(世界史探究・日本研究の課題)第二次大戦後現在までの日本と東アジア諸国におけるこの原理の展開と危機について、現代日本の政治情勢にも注意しながら論ぜよ。
プロフィール

ダオ・チーラン

Author:ダオ・チーラン
ヒツジ年生まれで写真のニワトリに深い意味はない。横浜で生まれ育った関東人だが、大学入学後現在まで関西で暮らしている。
本業は歴史学者で、専門は中・近世のベトナム史、海域アジア史、歴史学の評論・解説など。
趣味はパ・リーグを中心としたスポーツ、鉄道ほか。
このブログの意見はすべて筆者個人のものであり、いかなる組織にも関係ありません。

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